●私の愛するミュージシャン
●記憶に残るライブ
     
Bluesを、体験したのが、高校を卒業して高円寺に住み着いた時だった。
もう、30年以上前の話。
東京で、あまりにもひどい孤独感におろおろしてた頃なんだ。

 
   
  高円寺の駅前をぶらぶら歩いていたら、次郎吉というお店の前にたどり着いた。数日前にこのお店がオープンしたチラシが路上に落ちてたなあと思いながらあのドアを押し開けたのさ。(現在はJIROKICHI)  
     
  出演は、WestRoad Blues Band
そういえば以前、従兄弟の衛からこのバンドの話を聞いていたことも思い出したりした。前のほうが空いていたので座り、ビールをちびちびと飲んでいたのさ。
ウエストロードバンドのメンバーが ステージでそれぞれ練習していたので、眺めていた。小堀さんのフィンガートレーニングやホトケさんが歌詞を訳していたんだ。
(ウエストも京都から来たばかりだったんだなあ。)でも、今から思えば楽屋がなかったのかなあ・・・
 
     
  腹の中心がはりさけそうな孤独感ででじんじんしていたのを、お酒が融かした頃、
音が鳴り響き、強烈な演奏が始まった。・・・気付いたら立ち上がり踊っていたんだ。
R&B.SOUL.Bluesが身体に入り込んだのさ。
えらい体験だった。
ブルースブラザーズの映画で二人が教会で、JBの音に触れた瞬間があったけど、
まさに同じだった。魂は、奪われ興奮し宇宙から光が燦々と届いたようだよ。マジ。その日が俺のBluesが始まりだった。心が解き放たれた。その日から、変わったんだ。
 
     
  大学に入り、ウエイブダウンBBを作り、学園祭で興奮させ(お客)卒業後Ryoに誘われラブボーンズが開始した。このバンドは6年あまり続き、横浜をベースに活動した。特に長野小川町での野外ライブは、忘れられない。
その後お決まりのバンド解散となり(女の子を入れたため、ぐずぐずになった?)
俺自身東京でのリハやら、横浜でのライブでエネルギーが出しすぎたんだろうな。精神的にもぼろぼろになった。そして2年間の休養後、岡田さん(熊谷でただ一人音楽のみで生活している)に会ったり 一人で弾き語りで唄ったりし、2000年CHANさんと出会い翌年LOVEBONEを結成したんだ。そして、2001年8月17日夢のJIROKICHIに出演、そのときウエストロードの小堀さんそして奥様LEOさんに共演をお願いしたんだ。中村橋で、お二人に会ったとき、LEOさんの容姿、美貌に驚いた。そしてリハを行った時、その人柄と実力に驚き出会いに感謝しました。お互い仕事を持ち、音楽を続けているところにも、通じるものも、あったんだろうか(おこがましいやな)でも、LEOさんに「続けていく意志力が大切ね!」!と言われたとき、本当にそのとおりだと痛感した。振り返れば、長くやっているけど本当にこれからが始まりの気がする。ぼろぼろになるまで続けるでぇ!!!!「LOVEBONE」名前を見ましたら、是非お立ちより下さいね。


&悲しい出来事:2008年10月19日 塩次伸二さん急逝 享年57歳
 
     
  またJIROKICHIのHISTORYはJIROKICHIのHPにマスターの荒井さんが載せています、是非お伺いください。  
 
ラブボーンズ
 
  いろんな連中ともやったりしたけどこのバンドの最高に気持ちよかったときは正木五郎ちゃんと知り合い、長野にツァーに行ったこと。写真は、そのときのライブ。  
 
 
 
ラブボーンズ AND 正木 五郎