2005年 1月〜6月
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6月30日(木)
6月が今日終わる。色々なことがあったが まずまずな日々を送れた。今日は雨の中一人
赤城の管理釣り場に車を走らせた。昨夜、従兄弟の正典君としこたま飲んだ。楽しい時間だった。その報いで頭が痛い。しかし釣りはなんと言うか気持ちが楽であり、高速を使わず赤城を
目指して走ることが出来た。宮城・・。と言う釣り場。初めてバスだと言う魚を釣った。リリース
しなければならないので、掛かったバスからルアーを外すのだが 戸惑ってしまった。口を持って引っ張っても伸びる加減が分からないからだ。ルアーもいつもの湖水と違って近くに落とさなければならない。美里の湖水で練習した成果かな、20匹リリースした。ポンド〔池〕の仕掛けに幾つかルアーを失くしてしまったが・・。高崎山の観音様やら赤城の町々に出会い面白かった。途中利根川で糸を垂らしたくなったが如何とも・・。利根川の水量は午前中まで降った雨で
凄かった。荒川とはちがうな。荒川はどうしたのだろうか。




6月29日〔水)

人が何をやってもいいだろうと叫びたくなる時がある。HPで書くことが辛くなった時だ。
仕事以外のプライヴェートでの世界は 私のものだ。ま、そんなことはさておき、今、BREAK DOWN のようなバンドを作りたいと思っている。1年でもいい。燃焼してみたい。Chanさんと別れは確かにバンドの世界がトーンダウンした。しかし仲間がいる。立ち上がろうと思っている


相変わらず釣りはしている。先日は御巣鷹山に行ってきて 岩魚を相棒が釣るのを拝んだ。
2匹釣り4匹逃したそうなあ・・。私はまず餌箱がなく仕掛けも甘くそじて長靴のそこにフェルト
がないため石を足の裏で生に感じてしまった。失敗は前進するのだ。


6月20日〔月)
江南町の沼:まず大沼公園に行って来た。この沼の周りは住宅地でその景観には驚いた。
車を止め沼を駆け上がると看板があり「どうせ、釣り禁止と書いてあるのだろうね」と相棒に
話すと 何と「楽しく釣りをしましょう」と書いてあり思わず坂をずり落ちそうになってしまった。
沼の真ん中の弁天島には日本最古の
板碑があり、きれいなはずである。町自体がこの沼を
保護しているからである。以下江南町の板碑についての説明です。(
大沼公園の弁天島にある板碑は(復元品。現物は教育委員会にて保管)、嘉禄(かろく)3年(1227年)の銘が刻まれ、わが国最古の板碑として知られています。さらに、樋春(ひはる)の旧観音寺からも安貞(あんてい)2年(1228年)銘の板碑が発見されており(現在樋春真光寺にて保管)、日本で2番目に古く、主尊が種子で表されるものとしては最古といわれます。寛喜(かんき)2年(1230年)銘の日本で3番目に古い板碑(教育委員会にて保管)も本町で確認されています。
江南町は、板碑発祥のまちなのです。)
一人ルアーで釣っていた青年がいたが 釣果はなし。こちらも当たり際なかった。ただこの景観の中での釣りは中々である。今度は餌を持って来ることにしよう。


そして友人から聞いたゴルフ場の近くの沼に行ってみようということになり 車を走らせた。
最近釣りをしてから気づくのだが 車を運転して恐怖心が出てこないのだ。先日は美里の沼に
竿を忘れたのを帰ってから気づき100キロで戻ったのだ。んんん・・・。
さてその沼を探すのに
ゴルフ場を目指した。幾つかの沼があり車を止めて覗き込むと高いフェンスに囲まれている。まさかよじ登ることも出来ないし 近くを探したらまるで釣堀のような池があり〔実際釣堀だったが)大嫌いな蛇それも青大将が2匹交尾しているではないか・・。気持ち悪さと荘厳の光景に 唖然としてしまった。一緒に行ったkさんも「始めてみた」と驚いていたが 萩原朔太郎の詩に「蛇のように愛し合おう」という言葉がある。・・・・・・。
結局そこは釣堀であり裏から入ったわけなのではやばやと退散。蛇はまだくねくねとくっついていた。
そしてその近くに車が止まっていて(そうなんだ、この淋しい風景の中に車が止まっていると
そこは沼なのである)2組の若いアベックがルアー、中にはフライでトライしているご夫婦もいたので沼をみると水面下に大きな魚がいたのである。
さっそくルアーでトライしたが見向きもされず 回りの若い子は〔実際彼らは高価なロッドとリールを何本も持っている。相棒のkさんをみると20年前の道具だ)ピカピカの道具と類まれなテクニックで魚にアタックしている。だが魚は見向きもしない。フロッグ〔蛙の擬似)でもだ。蛙が
ぴょンぴょん飛び跳ねているようにやってもだ。ふふふふここの魚はもう擦れているのである。
夕方6時を回ったので餌の道具も用意してあったが 次回にトライだ。

江南町の沼。沼を求めていくと 街のもう一つの顔に出会える。まだまだたくさんの沼がありそうだ。
おんぼろ車のバンも快調だ。


6月17日〔金)
今日は 私にとって思いで深い日だ。日比谷野音でWEST ROADのコンサートを企画し行った日だからだ。10年経った。今年はホトケさんの渋谷オーチャードでのコンサートもあったし
また日比谷野音、FUJIRockでWEST ROADの演奏もあるし 感慨深い。
ホトケさんたちの演奏に 衝撃を受けて30年。ふむふむだ。
30年経ってもLIVE等私にとってこのバンドの人達は最もフェバリットであり 変わっていない。
先日の日比谷での演奏は、実にクールで興奮させられた。続けていること進化していること
何とも言えないほど 感動する。是非、みなさんもアンテナを張って ホトケさん伸ちゃん
照夫ちゃん小堀さんのライブへ!!このHPではLIVEスケジュールのコンテンツで全て載せています。よろしくね。



6月15日〔水)
昨日は 仕事が終わってから美里の湖水に行ってきた。ついにこの場所で30センチくらいの
バスを釣り上げた。夕まずめはヒットの確立が高くなる。湖水の周りのごみを拾ったり 隣の
へらぶな釣り達は夕方から夜半まで釣るそうだ。いやはや何とも。蛍光浮がゆらゆらと揺れていた。
この湖水で絶好の場所は フローターでしか行けない。でも岸から釣るのもいいものだ。
仕事の疲れが癒される。



6月13日(月)

ホトケさんのHPでの文章です。掲載します。
これからが 始まりです。どしどしホトケさん房さん木村さん鮎川さん・・そしてLEO ,さんの
ライブにお出かけください。ええ気持ちになれます。ほんまもんです。

"The History Of Blues" Concert 顛末記
  "The History Of Blues" Concert 顛末記
『Thank You All!!』
"The History Of Blues"に運良く御来場されたみなさんも、そして応募して下さったのに抽選に外れたみなさんもどうもありがとうございました。予想を遥かに上回る応募があったことは、コンサートをプロデュースした者として嬉しいことであると同時に「ブルーズ」という音楽に興味をもっている人たちがかなりの数いるとわかり、それはこれからアクションを起こす際の私の強い力になると思います。
そして、参加してくれたミュージシャンとスタッフのみなさん、そして主催者である東急グループの方々にも心から感謝をしたいと思います。お客さんはもちろん、ミュージシャン、スタッフ、関係者の方々から「本当に楽しかった」「いいコンサートだった」と誉めていただき嬉しい限りです。本当に充実感のある仕事でした。ありがとうございました。
『5 Long Years』
振り返れば、東急文化村の担当の方と出会って最初の企画書を私が出したのは5年ほど前になる。それがなかなか通らず、何度も企画書を書き直した。それでもOKが出ずにもうダメかなぁ・・と思っていたところ、「やれそうですよ」という返事がもらえたのは去年の夏だった。こう見えても(どう見えてだ?)私はマディ・ウォーターズと同じで根気があるというか、我慢強いところがあるのだ。まあ、しつこいとも言えるが・・・。「5年間、おまえのために働いたのに・・」というマディの『5 Long Years』じゃないが、5年間今回のコンサートをやりたいという気持ちは途切れなかった。
いままでも渋谷クアトロや大阪バーボンハウス、ウォホールといったホールで"Endless Boogie"というイベントを何年にも渡りプロデュースし、その総集編を日比谷野音でやったりしたことはあったが、今回のオーチャード・ホールのような大
きな会場でコンサートの土台作りからプロデュースしたのは初めての経験だった。それなりに大変だったが、コンサ−トを作っていく過程はとても楽しいものだった。今回は初めて大道具さんの会社にも行った。舞台監督氏の横にいて専門用語が飛び交う話をほとんど聞いていただけなのだが、未知のことに感心したり驚いたりだった。しかし、不思議に思ったのは、このIT時代なのに大道具さんと舞台監督氏が長さの単位に「何軒」「何尺」を使っていることだった。しかし、その単位を私は現実的に把握できず「すいません。それって何センチくらいですか?」と、いちいち聞いては話に水をさした。また、演奏前に映像を日活さんからお借りして上映したのだが、その時の打ち合わせでも「これ、DL1で写したらどうだろう・・」「DL1ねぇ・・・」と会話が進む中、「すいません、DL1って何ですか?」と話に水をさす素人な私だった。まあ、好奇心が強いのとわからないものをそのままにしておくのが嫌なのでついつい何でも聞いてしまうのだが、迷惑だったかも知れない。でも、こんな風に出来るだろうか?と出したアイデアが自分の予想よりも立派な形となって出来上がってきた時はとても感動した。もちろん、うまくいく時ばかりではない。自分のアイデアが諸事情で変更せざるを得ない時もあり、また一から考え直さなければならないこともあった。でも、何も制約のないものということはあり得ないわけで、制約のあるところでどこまで思うようにやれるかと考えることの方が楽しいものだ。とにかく、今回のコンサート製作のプロセスは大変だったが、とてもクリエイティヴな作業でやりがいもあり、とにかく楽しかった。
そもそも今回のコンサートをやるきっかけとなったのは、東急文化村の担当の方に「東急グループが主催する『東急ワールド・ミュージック・イン・Bunkamura』というコンサートがあり、それは東急グループが世界の音楽を無料招待によってたくさんの方々に知ってもらうという主旨であり、お年寄りから子供までかなり幅広い層のお客さんが来られます」と説明を受けたことだった。いつも私達がブルーズを演奏する場というのはライヴハウスかホールだ。日比谷野音や夏の野外のコンサートもあるが、聴きに来てくれる人たちはある程度限定されている。前々からもっとたくさんの人たちにブルーズを聴いてもらえないだろうか・・と考えていた私にとって、今回のコンサートはライヴハウスなどにほとんど足を運ばれない年配の人たちや子供達にもブルーズを聴いてもらう千載一遇のチャンスだったのだ。
『Musicians』
「演奏と話によってブルーズの歴史を辿りながら、ブルーズの多様なスタイルを観客に紹介する」という主旨の企画書が通ってから最初にしたことは、誰にそれを演奏してもらい歌ってもらうかということだった。最初はノートに40人近いミュージシャンの名前を書き出していたが、最終的に下に記した出演してもらったみなさんになった。たくさんの人たちに出演してもらえなかったのは、コンサートの時間的な制限が2時間ということもあった。(本当は3、4時間は欲しいところだった)しかし、後から聞いた感想の中には「あれくらいの長さがちょうど良かった」という人も多かった。また、こちらからオファーをしたが諸事情から出演を断念せざるを得なかったミュージシャンもいた。そして台本の下書きを書き始めてからも、いろんなパターンを想定して人選にはかなり迷った。やっとミュージシャンを決めて各々にオファーを始めた去年の秋頃。その頃、担当の方から「外タレを呼んだらどうでしょうか」という提案があり、今度は旧知のプロモーターの方に頼んでいろいろオファーしてもらった。コンサート全体の時間の制約があり、そこからひとりのシンガーの演奏時間を逆算すると10から15分となり、そんな短い時間だけどわざわざアメリカから来てくれるブルーズマンがいるだろうか・・と案じていたら、案の定何人かのブルーズマンからは"NO"の返事が来た。通常外タレが日本に来る大きな目的は自分のアルバムのプロモーションだ。だからプロモーションの時期でないから・・・という気持ちも分かるし、自分の音楽を表現するためには当然1時間や1時間半くらいの時間が必要だという気持ちも分かる。アルバムを出す時期でもなく、遠い日本まで行って演奏時間が10から15分ではOKが出なくても仕方がないなぁと思っていた。しかし、プロモーターの方に改めて「ブルーズの歴史を辿るコンサートであり、ブルーズをあまり知らない人たちにブルーズを知ってもらいたいのだ」という今回の主旨を、オファーするミュージシャンに伝えて欲しいと頼んだ。そんな中、去年の暮近くに私がいちばん呼びたかったコーリー・ハリスが今回の企画に賛同してくれて"OK"の返事をくれた。ここで出演ミュージシャンがすべて決まり、コンサートの概観がはっきり描けるようになり台本も着々と・・とはいかなかったが、期日には書き上げた。
『Making Of The Concert』
今回は「ブルーズの歴史を辿る」というコンセプトが大前提であったので、出演ミュージシャンに私の方から曲を指定させてもらった。例えばマコチャン(鮎川誠)にはR&R誕生の場面で出てもらいたくて、偉大なロックの創始者2人、チャック・ベリーの"Carol"とリトル・リチャードの"Keep A Knockin'"を是非やって欲しいと自宅まで伺ってお願いした。マコちゃんだけでなく、指定した曲をみんなが快諾してくれてありがたかった。
また、フィルムを演奏開始前、お客さんが入ってくる頃に流したいと思っていたがそれも実現した。実は去年日活より公開されたマーティン・スコセッシ総指揮による7本のブルーズ映画"Blues Movie Project"と、その記念コンサートとも言える"Lightnin' In A Bottle"のプロモーションを手伝いさせてもらった時からそのことが頭にあった。やはり、短い時間とは言え映像で語られるもののインパクトはかなり大きい。そういうフィルムから少しでもブルーズを感じてもらって、そこからコンサ−トにお客さんを導いていきたいと考えた。そして、私がMCをしている最中に映し出された写真もそれらの映画の中からカットさせてもらったが、そういう画像もみなさんの理解の助けになったと思っている。映像を無償で貸してくださった日活株式会社には本当に感謝している。
舞台監督及び音響チームはドラムのタカちゃん(沼澤尚)とギターのブッチャー(浅野祥之)に推薦してもらった。このふたつが決まったことで私の負担はどんどん少なくなり楽になり、かなり精神的に助かった。そこから照明チームも楽器チームも決まりコンサートの型と進行が明確になっていった。アドヴァイスをくれたタカちゃんとブッチャーに感謝、感謝。
そして今回のコンサートで私のいちばんの助けになってくれたのは、プロデュースを共にやってくれたKさんだ。この企画が決定してすぐに私はKさんに話をして、いっしょにプロデュースをしてくれないかと頼み込んだ。私がミュージシャンである
ように、彼もこういう音楽プロデュースが本来の仕事ではなく生業は出版関係の編集者だ。しかし、このコンサートを成功させるために大切なひとつが「ブルーズをよく知っている」ことだった。もちろん、この業界のこともミュージシャンのことも彼はよく知っているが、ブルーズそのものとそれをやってきた日本のミュージシャンのことをKさんはよく知っている。また、長い付き合いの中で私は心から彼を信頼しているし、彼も私を信頼してくれていると思っている。そういう点からもこのコンサートを共に完遂できる人は彼しかいなかった。大局的なことから細かいケアまでたくさんの仕事をKさんにやってもらったので、私はステージの進行に専念できた。そして、彼と舞台監督、照明、音響、楽器チームの方々は本当に「プロの仕事」をスムーズにやってくれた。何ひとつ問題は起きなかった。実に素晴らしいみなさんでした。
『Rehearsal』
スタジオでのリハーサルは二日間行った。1日目、BHB(ビッグ・ホーンズ・ビー)のインストルメンタル曲"Things Ain't What They Used To Be"のリハーサルから始まった。BHBに何か1曲ジャズ・ブルーズのインスト曲をやってもらおうとカウント・ベイシーやルイ・ジョーダン、その他ジャズ・ジャンプ・ブルーズあたりから候補曲をいくつか私が出して、最終的には金子君とわかば君に決めてもらった。これは偉大なデューク・エリントンの曲で初めて聴いた時からもう25年あまり、いまも時折そのテーマ・メロディが頭に流れてくる印象的な曲だ。実はBHBにもう3、4管入れてもらってゴージャスにやってみようかという構想もあったが、「あまり人が多くなってチームワークが崩れても・・」という理由と「この曲以外はそんなにたくさんホーンが要らないのでは・・」という金子君の助言で山本一君だけBHBに入ってもらって6管にした。実はBHBは彼等だけのリハーサルを数日前にやっており本当に音楽に真摯な人たちで頭が下がる。そのスタジオに少しおじゃましたが、彼等が何の問題もなくすっと練習していくので私はマネジャーのKさんとただだべっているだけ
で終ってしまった。
続いて私の曲"Long Distance Call"と"Treat Me So Low Down"のリハ。前者はマディ・ウォーターズの名曲。タカちゃんとブッチャーの強力な(強引な?)提案で私もギターを弾く羽目になってしまった。とくにタカちゃんはもう連日にようにメールをくれて「ホトケさん、絶対弾かなきゃダメですよ。このコンサートの意味がないですよ」なんて、私に「脅し」とも取れるラブ・メ−ルをくれた。でも、結果的にはシカゴ・ブルーズ・サウンドを表現したいあの場面では下手ながらも私が弾いてよかったと思う。タカちゃんとブッチャーはその他の様々なことでもたくさんアドヴァィスをくれた。後者の曲はエレキ・ブルーズ・ギターの創始者としてT.ボーン・ウォーカーのブルーズを紹介する場面で絶対に必要な1曲だった。T.ボーンにはいろんな有名曲があるが私は洒落者で、ファンキーで、先取の気概があった彼を表
わすのにこんな適切な曲は他にないと思っている。それでやはりT.ボーンと言えばギターを弾くのはこの人、塩次伸二しかいないだろうと早くから出演を依頼していた。でも、伸ちゃんは京都にいるので彼抜きで曲のリハを行った。
続いて山岸が歌うプロフェッサー・ロングヘアの"Big Chief"は私がリハーサル歌手をした。まさか山岸のリハ歌手をやるとは思わなかったが、おかげでレパートリーが一曲増えた。その数日前、ニューオリンズへ電話して「どうする曲の構成なんやけど・・・」と山岸に言うと、いつものごとく「やってみなわからんから、ホトケ、まあ適当にやっといて・・」というニュ−オリンズ・スタイルのビッグ・イージーな答えだった。細かく決めてても彼の場合は気分で変ってしまうので、言われるがまま適当にリハーサルをやっておいた。そのニューオリンズR&Bを紹介する場面では、もう1曲私が歌うリトル・リチャードのニューオリンズ・テイストたっぷりの"Shake A Hand"をやった。
ちょっと休憩しているところへマコちゃん(鮎川誠)が現れて、たばこを吸ってコーヒーを飲むと、いきなりギターを持ちチャック・ベリーの"Carol"が始まった。録音しておけば良かったと思うほどこの最初の"Carol"は素晴らしかった。マコちゃんはたった4分ほどでほとんど初めてのメンバーを自分のバンドにしてしまった!その音を出す時の意気込みは本番の時も同じように素晴らしかったが、リハーサルなのにスタッフも含めたスタジオの全員がロックして揺れた。続く"Keep A Knockin'"ではBHBのパワフルなサウンドに更にグルーヴがうねり、これも録音しておけば良かった・・・。終った後、マコちゃんも興奮気味に「いいねぇ」を繰り返していた。この2曲あたりからムードがぐーんとよくなった。
続いて房之助(近藤)が自慢の自転車でスタジオに到着し、ひとしきり焼酎を飲んでふたりでバカ話をやってリハーサルへ。房之助には最後にアーバン・ブルースの場面で歌い、弾いてもらう設定をした。
房之助のリハが終った時点で2時間ほど早くリハが進んでいることに気づいた。私もそうだが、みんなリハーサルが早い。みんな2.3回やったら終ってしまう。で、ちょっと休憩してLEOのリハーサルを・・と思っていたら、みんなが休憩している間に小島(良喜)とLEOとふたりでリハを始めていた。LEOのところでも伸ちゃんに出てもらうのだが、いないのでリハはふたりでやってもらった。LEOも2.3回やって終り、最後のセッション曲2曲のリハが終るとメンバーは三々五々「お疲れさぁ〜〜ん」と帰って行った。最後にブッチャーとKOTEZと私の三人で木村君が歌う2曲「嫌んなった」と"Shake Your Money Maker"を私がリハ−サル歌手で歌い、早々とリハーサルは終ってしまった。"Shake Your Money Maker"は私も普段歌っているので楽だったが、「嫌んなった」はやはり本人でないとどうしょうもないとわかった。とくに最後のコーラスの「嫌んなったぁぁぁぁぁぁぁ」のソウル全開歌唱は完全に木村節になっており誰が歌ってもあんな風にはできないと思う。翌々日のリハーサルも同様にめちゃ早く終り、プロデュースのKさんと「こんなに長い時間スタジオ押さえんでもよかったなぁ・・」と笑った。

5/30(月)東急Bunkamura オーチャード・ホール 通しリハーサル
この日は関西組の塩次伸二と木村充揮、そしてアメリカ組の山岸潤史とコーリー・ハリスもやってきて主にリハをやっていない彼等のためのリハーサルだった。が、この日もどんどんリハが進み予定よりかなり早く終ってしまった。終ってから塩次、木村、山岸はそれぞれ渋谷の街に消えていった。パチンコか・・レコード屋か・・・焼肉か台湾屋か・・・・。映像のチェックに少し時間がかかったが、比較的早く解放されKさんとお茶を飲んで家に帰った。緊張して眠れないかなと思っていたら、それより疲れていたのかすぐに寝てしまった。

本番
5/31(火)東急Bunkamura オーチャード・ホール 本番初日
この当日のリハーサルも早く終ってしまい、ミュージシャンもスタッフも弁当を食べた後は暇を持てあまし雑談三昧。やっぱり昨夜、塩次は台湾料理、木村はパチンコ、山岸はタワーレコードだった。こいつらは昔からずっと行くとこが一緒やなぁと思った。他にないのか?まあ、私もひとのことは言えんが・・。
私の中では開演20分ほど前から写した映像(公開中の映画”ライトニング・イン・ア・ボトル”からの抜粋)からコンサートは始まっていた。上映も無事終り、客席は満杯。ステ−ジサイドのスタッフにも緊張が漂っている。いよいよコンサートの開始。私の司会からだ。いやぁ〜最初はアガった・・噛んだ・・舞い上がった。まあ決め台詞もあり普段ライヴハウスで勝手気ままに喋るようにはいかなかった。でも、その後は次第にお客さんの顔もしっかり見えて普段の図太い私に戻った。やはり房之助が常々言うように図々しいのでしょうか?私。
歌は木村君の「嫌んなったぁぁぁぁぁ」から始まったが、最初の音を出すブッチャー(浅野)はすごく緊張したと言っていた。その木村君から最後のセッションまですべてのミュージシャンが自分の持ち味と実力を発揮してくれて、描いていたとおりの展開になった。さすがみなさんプロフェッショナル。もちろんその後ろにいる音響、照明、舞台製作、舞台監督・・すべての人たちがプロだからすべてがスムーズに進んだわけだ。そして、次第に盛り上がってくる会場からの熱気はステージだけでなく、舞台袖にいるスタッフにも伝わってきた。アンコールの拍手もありがたくいただきました。演奏時間も予定していた通り。とてもいい感じで初日が終り少し安堵した私。
前日のリハーサルとこの初日のみ、私の友人で現在アメリカに在住しタイガー・ウッズや丸山茂樹などを撮っているカメラマンの宮本卓君を呼んでシャッターを切ってもらったのでその一部を御覧ください。(Photograph参照)また彼から写真が送られてきたら順次発表します。

6/1(水)東急Bunkamura オーチャード・ホール 本番二日目
やはり小心者なのかぐっすり眠れず早く目が覚めてしまい、7時くらいからもう一度台本を見ていた。少しだけ直しを確認して、家にいても落ち着かないので早めにオーチャードに向った。今日はスカパーの録りもある。ちなみに曲目構成は両日ともまったく同じものだ。
今日はかなり落ち着いて最初の司会に出たつもりだったが、幕が開いて3階まで埋まっている客席を見た途端にふぁっと足元が浮いた。そしてやっぱり噛んだ。しかし、コンサートは前日同様、ミュージシャン全員の力が結集され実に中身の濃いものとなった。ブルーズの歴史を辿っていくという主旨もあせることなく、実にスムーズに進めることが出来た。自分で言うのもなんだが、この素晴らしいコンサートの内容についてはスカパーの7/18(月/祝)22:00〜24:00 『ミュージック・エア・ネットワーク東急ワールドミュージックスペシャル in Bunkamura/THE HISTORYOF BLUES』をチェックしてください。7/24(日)13:00〜14:30、7/28(木)24:00〜25:30、7/30(土)18:00〜19:30にも再放送があるそうです。
この夜、会場の一画で短いお疲れのパーティがあった後、メンバー、スタッフの有志がJirokichiに繰り出し、朝までセッションとなった。実はJirokichiには私があらかじめ話をつけてパーティをさせてくれと頼んでおいたのだ。せっかくみんな集まったのだから・・。私は途中から酩酊して覚えていない。翌日は当然二日酔いで一日潰れた。楽しいセッション・パーティでした。コーリーも楽しそうだったなぁ・・・。

コンサートの翌日、ある人が「少ししゃれた場所で豪華なブルーズのディナーをごちそうになった




6月10日〔金)
毎日が 充実している。好きなことをしているからだ。アマチュアとして音楽には考えることが
あり 一時休止。川、湖、沼に行く時Bluesをがんがん聞いている。自分で編集しているMDだが 改めてこの音楽は素晴らしいと・・。
オーチャードホールでのホトケさんの尽力は 凄かった。ホトケさん 行動に大きな筋が
一本通っている。来月の「ハイドライト」が楽しみだ。共演の浩ちゃんたちのドミナントメジャー7スも猛練習をしている。今回はプロデュースのみ。チケットは完売した。これも凄い!。



6月6日〔月)
この1週間は コンサートに浸かった日々だった。運良く渋谷のオーチャードホールのコンサートに入れたし、昨日は日比谷野音でブルースカーニバルを堪能した。
WEST ROADが正規のメンバーではなかったが 存在感を各メンバーが放ち素晴らしかった。オーチャードホールでのコンサートは 本当にホトケさんの力に尽きる。本当に素晴らしかった。LEOさんのHPでそのコンサートの内容をレポートしている。ご覧ください。
http://www12.ocn.ne.jp/~leosoul/LEO/index1.html


長い間自分でも演奏しているこの音楽に 浸れたこの1週間は至福だ。



6月2日(木)

まったくもって釣果がない。一人淋しく糸を垂れても いろいろ忘れ物が多く一度糸を切れてしまうとめげてしまう。スプーン等の疑似餌を投げ込んでいるのだが 本人が信用してないため
魚からも全く相手にされていない。ではと 竿を代え餌釣りするとみたこともない魚がかかる。
こんな魚〔ブルーギル)はいらないのだが・・・。沼の鯉を狙うため いそいそと出かけたのだが 網を忘れてしまった。では 釣ったらクーラーにぶち込めばいいなんて算段しているとそのクーラーを座椅子代りにした報いか クーラーが潰れてしまった。情けないことばかりの繰り返しだが 一人でぶつぶつやっているので 誰に気兼ねをすることもない。自由気ままな釣りである。終わったあと 他の沼を探しに車を走らせる。今日 近くにいい沼があったが 鷺がたくさん居てさすが 目が早いと感心してしまう。情けない釣りである。


5月31日(火)
高知への駆け足の旅行のため 疲れが残りふうふう言っている。眠くて仕方がない。


日曜日50センチ級の虹鱒を何本か上げたのだが それを料理するのを母がかってでて
見事に捌いていた。昔取った杵柄で父が釣りが趣味だったゆえ上手なのだろう。
余りにも大きく少し食傷気味になってしまったが・・。釣って喜ばれる魚は この季節は何と言っても鮎だ。これに凝ったら 仕事前にも川に入っているだろうな。
釣りは毎回行くたびに 理解することがあり今度はこういう仕掛けでやってみようとか今度は
ごみ袋を持ってこようとか発見がある。昨日連れて行った従兄弟の子にはそのところを教えた。寄りかからないで自分で考え工夫することを。うるさかったので嫌になったかな?


ルアー釣り:これから気ままに何回も投げてみたいがいったい魚をだまし釣れるようになるのだろうか・・。ため息が出るほど投げ続けるのだろうな・・。ただしそこに魚が居ると信じて。



5月28日(土)
高知に行ってきました。駆け足のような旅行に ため息が出てしまいましたが、夜仲間と別れ一人ぶらりと居酒屋へ。80歳を越えるママさんと75歳を越えるお客さんが二人。高知弁が飛び交い酔いどれ爺さん達は自分の人生を相手に構わず語っていました。お互い聞いていないのに・・。ま、とにかく賑やかでした。ふとカウンターの端を見ると脚が出ており誰かが毛布に包まり寝ていて常連さんのおじいさんが寝ていた。ありゃま です。
そして2人のご老人もべろべろ。お互い一方通行に言いたいことばかり話していて ママさんに「もう飲まさへん」と怒られていましたが、なんのその。小銭を出しすがっていました。私は小腹が空いたのでママさんに うどんといったら絶品の素麺を作って頂き大満足。帰り道鏡川をみながらぼんやりと佇んでいました。


さてさてトンボ公園のHPに掲示板が出来ました。是非遊びに来てください。トンボの専門の
質問も受け付けます。下をクリックしてください。お待ちしています。
トンボ公園掲示板

5月24日(火)
ごちゃごちゃと知り合いのお店で 釣り談義。いろいろな沼を教えてくれる。
日曜日には 中里フィッシングセンターで虹鱒を爆釣だ!(予定)


渡さんの偲ぶ会のレポートが載っているHPを見つけました。陽水も唄ったんだ。以下アドレスです。

http://www2.odn.ne.jp/rakuyou2004/okurukai1.html

5月23日(月)
昨日はトンボ公園の作業と総会だった。7年間にも亘った柴崎さん本当にご苦労さまでした。
新井さんというこのトンボの世界では日本では有名な人の後を受け頑張っていただき会員皆
感謝で一杯です。今後柴崎さんを取り巻く状況は更に忙しさを増すと思います。
お身体を大切に そしてたまには作業でいい汗を流しましょう。


総会の後 栗原さんと一緒に沼に行き糸を垂れました。ブルーギルという魚を20匹くらい
上げました。見たこともない魚で背びれが硬く触ると手が切れてしまいそうです。
こんな小さな沼にもバス系統の魚が蔓延っていて 従来棲んでいたフナ、タナゴ、クチボソは
まったく上がりませんでした。しかし巨大な鯉がチンケナ仕掛けに掛り慌てました。のんびりと
悠然として泳いでいました。栗原さんの話では 鯉の卵もみんなこのブルーギルが食べてしまうようです。朝には近くの沼に・・。これから近場の沼の釣りが楽しみです。荒川はまったく魚が
居なくなってしまいましたが鮎の解禁とともに多くの釣り師が賑わいます。


5月18日(水)
ホトケさんの皆さんの熱い応募に対しての言葉です。
The History Of Blues
by 永井”ホトケ”隆
The History Of Bluesにはたくさんの方に応募していただき、とても感謝しています。応募総数がとても多くて当選率の厳しい抽選になったようです。私もプロデューサー、出演者、司会者という立場でありながら、応募して外れました。まあ、外れた方は残念でしたが、後日のスカパーの放送を楽しみ待ってください。このコンサートは長い時間かかった企画なのでがんばっていいコンサートにします!そして、少しでも多くの方にブルーズの素晴らしさを知っていただければ、本当に嬉しいです。最後に、応募して下さった多くの、熱い気持ちに感謝、感謝です。また、ライヴで会いましょう!


5月17日(火)
連日の温度の差は釣りにも影響している。日曜日荒川で釣っていたのだがあたりが全く来ない。餌に食いついてこない。あたりを見回しても誰も居ない・5時間くらいいたのだが 私以外の釣り人は1人だけ。その人も早々に引き上げていった。水の温度が低いため動きがない。
釣りは経験が大切で まず目的地に行ってみる。そしてそこからいろいろ覚える。仕掛けにしろ服装にしろいろいろ考える。ルアーも大分上手くなった。ただ今はミノーを使っているのだが

腹に3本の針がありその針が取り込むとき暴れて暴れて指に食いこむ。痛いのだが取らなくてはどうしようもなく取ると尾のほうの針がまた手に刺さる。魚も痛いだろうが、私も痛いのだ。

5月16日(月)
土曜日に、ホトケさん企画の抽選メールが来ましたが外れてしまいました。
ホトケさんから応募数は1万8千ほどあり8倍の競争率と連絡があり、友人の浩ちゃんに平等だったんだと言われ 変に納得しました。(でも悔しいよ・・。)私からのメールで応募され外れた方そんな事情です。
当たった方それはいいなあ。私は午後の休みをとっていましたので釣りにでも行きます。
TV放送は楽しみにしています。



5月13日(金)
趣味が心のなかで折り合いが上手くつくように思っている。趣味が呪縛の嵐を受けにっちもさっちもいかなくなり 本来の楽しさが無くなってしまうことがある。
程よく付き合い楽しさをにんまりと味わないと
 嵌るなんて言葉に翻弄され楽しくなくなる。
川面に糸を垂れる。高田渡さんの唄を一つ口ずさむ。そんな感じがいい。
釣れたって釣れなくたって良い。川の匂いと鳥の声と風に吹かれて。。


5月9日(月)
拾得(じっとく)のテリーさんのblogが好きだ。今日はこのようなことが書かれていた。
んん気づかないうちに様々なことが国家で決められてくる。



腰まで泥まみれ
いままでのテレビ放送ががデジタルになると、これまでのようには録画ができなくなったり、DVDにコピーして友達などと貸し借りなどが出来なくなる。
テレビ付きパソコンも(デジタル録画は不可で)すぐに用なしになるし、
DVDレコーダーも役立たず(DVD-RWのVFモードのみ録画が一回だけ可能、
コピーは不可)になるわけだ。
そしてそのうち番組はすべて、一つずつが有料になってしまうだろう。
著作権保護は隠れみので、すべて利潤追求の目的のためのメディア改革なんだね。
アー、おそろしや。
対抗手段を考えていかないと、呑み込まれてしまうぞ



個人情報の保持医療現場でも起こっている。番号で患者さんを呼ぶとか 聞き耳立てられないように医療室を改造?・・・。床屋談義なんて持っての他になる。殺伐としてくる。
医療ミスが番号制によりもっと多くなるのではないか。医師も患者さん全人格と向き合うことも
難しくなる。この情報を守るために 必要な経費を国は補償しないし 努力しないことにより
マスコミはもっと叩くだろうし、・・。待てよマスコミも個人情報の暴露に徹しているのだから
つまらないTVは消え去るか・・。管理 管理の世の中だ。窮屈だな。



5月8日(日)
坐骨神経痛腰から左のお尻にかけて痛みが走る。昨日は田端先生の治療を受けるため、昼休みに尾島に行ってきた。アスファルトの上を歩くと度々なっていたが 今回はかなり辛い。
「激しい運動はだめだね」と言われ何回か鍼治療を続けることになる。家内は『減量、減量・・』
と九官鳥のように呟いている。



5月4日(水)6日(金)
1日から3日まで吉祥寺のホテルに泊まりに行ってきた。1日は午前中は荒川に釣りにでかけ
夕方東京に向かった。吉祥寺に到着したその足で『いせや』に行った。カウンターに立ち
美味しく焼き鳥やらモツ煮(目を見張った)と瓶ビールと酎をストレートで3杯飲んだ。雨が降ってきた。静かだった。営業時間を 見ると「午後12時から10時」
渡さんも昼間飲んだことやらを思い出したり お客さんから渡さんの話が聞こえる。レイトショーで映画が始まる。私は行かなかった。そのままいせやで飲み続けた。もつ煮の味を噛み締めた。それから『のろ』に出かけた。カウンターに二人のお客が居た。料理もちゃんと仕込みをしていて筍が美味しかった。マスターと少し話をし賑やかになる前に 階段を登った。
この街が沈んでいる感じがした。ぐぁらん堂のあったビルを眺めた。ビルはそのままあった。階段も。通った頃、降りてくる時叩いた壁もあるだろうか・・。バンビというレストランもなかった。
そして公園通りとの門(かど)におでんの屋台があり、立ち寄った。おでんの汁が澄んでいて美味しいおでんだった。おやじさんといろいろ話した。以前は阿佐ヶ谷にいたそうな。30年営業しているとのこと。清々しい親父さんだった。また来た時は立ち寄ろう。そのままホテルに戻り熟睡。


翌日は チェックアウトが12時なので11時まではゆっくりした。ホテルを出て公園通りの古い眼鏡屋さんに立ち寄り眼鏡の修理をお願いした。80歳を越えているかな、職人そのものの親父さんに「1時間で直る」と言われあたりをぶらぶらした。カントリー通りという名の通りにある「まめ蔵」に寄った。昔にも来た事があるお店だ。相変わらず雰囲気が良く大き目の木の椅子に座りポークカレーランチを食べた。ウエイトレスの少女も感じが良い。美味しかった。食後のコーヒーも抜群だった。ありがとう。。


眼鏡屋さんに戻り少し早かったので外で煙草を一服。中に入り何となく高田渡さんの話をした。親父さんの息子さんと私は同じくらいだろうか。50を越えているかな?そんな話をのんびりしていると親父さんが『出来た』と小声で言った。お幾らですか?と言うと「4千円」職人に払うには妥当な値段だった。私自身も職人みたいな仕事の面を持つゆえ、この値段は正しい。眼鏡はしっかり直っていた。それからバウス・シアターにより「タカダワタル的」の映画のパンフレットをshibaに送るため2冊買った。サンロードを歩き「さかえ書房」のシャッターは閉まっていた。30年前金子光晴さんが貧乏学生がお金を借りられると話されたことのある書店だ。金子光晴さん自身の字で書かれた看板は健在だった。サンロードはチェーンのドラッグストアーとメガネ屋が目立つ。脇道を入り思い出の通りを歩き 井の頭公園に向かう。いせや本店を眺める。昨日の夜働いていた髭の男の人が黙々と焼き鳥を焼いていた。あの人は30年前もいたのだから今幾つなのだろう。焼き方になったのだからトップだ。昨日の焼き方は本当に旨かった。


井の頭公園のベンチに座ろう思ったが 小学生が絵を描きにきていて座れなかった。仕方がないので大きな木の下に座り煙草を一服。パンフレットを取り出し読む。ここで読むのが何となく気がひけ「いせや公園店」がある階段を登る。2時間前食べたのだが 寄りたくなり公園店に入る。まったくお店は変わっていない。相席で座り あたりを見回す。ええ感じだな。天気もいいし公園からの風が気持ちがいい。こちらにあるメニュー「まぐろのぶつ」などを所望し飲む。隣の男が携帯のゲームを黙々と飲みながら焼き鳥を串からばらしながらやっている。50は越えている。いったい何のゲームだと覗き込むと麻雀ゲームだった。変に納得してしまった。後ろの席で従業員の女の子がお客さんを叱っている。勝手に席を変えたと・・。男の人もやり返している。女の子は少しめげている。しばらく二人は気まずい空気が流れていたが 料理を運んできた時「お待ちどうさんでした」「ありがとう」と。伊勢やさんに来て思うのは従業員がぞんざいな感じがすると思うことはあるがそれは最初だけ。
酔っ払ってくると働いている人たちが実に細やかによく働いているのが感じてくる。田舎のお店と違うのがこういうところだ。適度な人数で無駄話などする従業員など一人もいない(但し私が通うお店だが)いい気持ちでホテルに戻り昼寝。ホテルにはペットボトルの水を3本くらい購入して入るのがいい。ホテルの水は高いからな。冷蔵庫にあるものに手をつけるのはもったいない。夕方起き荻窪に総武線で向かう。
荻窪・南口この街は初めてだ。閑静な住宅街に驚く。ルースターの今夜のライブにはまだ時間があるので散策する。30メートル駅から離れると本当に静かになる。
今夜のライブは 塩次伸ちゃんの「荻窪Bluesフェスティバル2日間」と題するライブの初日。
ホトケさん、山岸さん以外のWESTRoadのメンバー+LEOさん。ホトケさんは明日だ。
ルースター実に感じが良い。白木の壁でセンスを感じられる。マディたちのライブの古いポスターが飾られている。のんびと眺めているとメンバー達が外から戻ってくる。伸ちゃんと「どうもどうも」と挨拶。さち庵で会って以来だ。あの時は伸ちゃんの体調は最悪で京都に戻ったら即入院したとホトケさんから聞いていたので 病気の話やらする。今夜はとても元気そうだ。そして、いなせな照夫ちゃんと話をする。この人は飄々としていて面白い。でも年を重ねられたな。
漫画の話をする。あの漫画での絵は実に若かったから余計そう思ったのかも。ソロアルバムも
出したしライブの本数も多い。金子マリちゃんとのバンドなどいろいろ精力的にやっている。小堀さん今日はベースだ。相変わらず謙虚な人で(飲めば変わる・・それも面白くって好きや)仕事も忙しく時間を作るのが大変だと思うが 身体を壊さないように頑張って欲しい。大好きな人ゆえ。。LEOさん今日はBLUSを唄うので緊張かと思ったけど いやあステージは堂々としたもの。レパートリーを広げようとしている姿勢やら優しい人柄ゆえ(本当に細やかに気を使ってくれる)日本唯一のシンガーになるだろう。そろそろ単独のCDを出して欲しい。ファンも待っている。Mamaかっこよかった。太い声からテンンダネスな声と自由自在に操るLEOさんの唄を聞き続けていたい。最後は歌はやっぱりその人そのものだから。。


ルースターのマスターは実に分かってる。1部と2部の間に 本人自ら手品を披露していた。
こういう感じええなあ。喋りも面白いし飄々として本人も楽しんでいる。好きなお店がまた一つ増えた。


翌日も行きたかったけど 義母が入院したと伝えられ戻った。

 

4月26日(火)
連休を控えての治療は 慌しい。かなり抑えて予約を取っているのだが急患の人のフォロー
やら本当に駆けずり回っている。しかしこれが私の仕事だ。



4月25日(月)
唯一無二のフォークシンガー高田渡さんがお亡くなりになり 多くの方々とともにその存在の大きさに呆然としている。失ってしまった悲しみは果てしなく 自分自身渡さんの唄にそっと背中を押してもらったことがある。山之口獏さんの詩にあれほどまでもぴったりと曲をつけた人はいないだろうし唄えば実に渡さんと獏さんが見事に重なり合っていた。
一緒に沖縄まで旅をしたGWANさんは ずっと一緒だったしGWANさんもファンと公言していた。友人でもあったのだから 心境を察するといた堪れなくなる。GWANさんが春一番で歌うという話を聞いた。本当に嬉しい。
渡さんと共にいたぐぁらん堂の貴方達。本当に輝いていた。私は連休は大阪には行けないが
吉祥寺をぶらぶらする予定。



4月22日(金)
親友のshibaがアメリカで渡さんのことを思っている気持ちを考えると(想うと)胸が痛む。
アメリカにいて日本との遠さに ため息ついているのだろうな。今度帰ってきたら二人で
静かに吉祥寺で酒を酌み交わそう。
渡さんの送る会の内容です。

4月28日(木)・「自転車にのって〜ありがとう、渡」
場所:小金井市公会堂(武蔵小金井駅から徒歩5分)
時間:12時開場、13時スタート、20時終了予定
参加費:1000円
(食べ物・飲み物などは各自持参。ゴミは持ち帰ること)


4月16日(土)
高田渡さんがお亡くなりになりました。病名心不全。冥福を祈ります。



4月13日(水)
今日も寒い一日だ。日曜日が夏のような気温だっためじんわりと寒さが入り込む。
桜は本当に1日のみだった。あの白い満開の桜はどうも薄気味悪い。おかしい気がする。
山桜と新緑の季節がもうすぐやってくる。『山が笑う』季節だ。

仕事がほぼ順調に出来、ほっとしている。



4月10日(日)
今日は今年初めての自然館の当番日。牟礼は素晴らしい春でした。今年はいつも通りの桜も
いっせいに開花し木蓮、山桜そして山々の淡い木々の芽も同時に・・。いい気分でした。
自然館当番は もちろん公表していまので来客の人を歓迎しています。でもでも来てくれる人はわずかです。その中で 当番の仲間が時間を作り のんびり頑張っています。
日頃出来ない
仕事も持ち込んだり 私にいたってはのんびりビデオを観たり・・。鶯に鳴き方を教えたり。4月の頃の鶯は 実に下手です。
そんな時間は贅沢かなと思います。当番の後の用事は 入れないほうが無難で だって取り戻したい何もない自分 それを大切にしたいと気づく時があるのですから。



4月8日(金)
いろいろ検査をしてきました。しんどい検査も多く嫌になった。それぞれの技師さんの
横柄な態度に、ちょっと苦言も言い 痛いから痛いって言うべきだな。こちとら機械じゃないんだ。とくにMR検査。狭い空間にこの身体を 縮じ込ませ、まして顎も固定をし 息をすうのも
ままならぬ  それを30分途中で苦しくなり 中断してもらい『もう少しだから我慢して』と言われ思わずあんたがやられてごらんと言ってしまった。
もっと酷いのは胃カメラの最中に「あ、この潰瘍がありますのでとります。あ、これオプションです。取っていいですか 病理検査しますので、どうしますか、どうなさいますか!!」
こちとら胃カメラを飲んでいるので「ううううう、うううう」誰が返事できるか。ましてオプション?
終わったあとめちゃくちゃ文句言ってやった。ふざけるなだ。あんな状態で、車じゃあるまいし
馬鹿が検査してやがるぜ。


4月7日(木)
高田渡氏がひょっこりと生還するのを 願っている。
今日から一泊で精密検査。薬等の影響を調べる。なんか旅行に行くような気分である。
好きな本と好きなCDを持ってえっさほらと。
Blogで映画のことがかけて嬉しい。読んでください。
ホトケさんからポスターチラシが届きました。欲しい方は是非おっしゃってください。
BUNNKAMURAコンサート応募は今月19日までです。お早くお申し込みを!表紙の内容をクリックしてください。応募できます。



4月6日(水)
昨夜は本当に久しぶり、夜の会議に出席した。風邪やら病気で大変な3ヶ月だった。
トンボの総会が5月に開かれる。新しい風が必要だ。



4月3日(日)
土曜日仕事を終えて 大学の友達に会いに東京に出かけた。1ヶ月前会う約束をしていたが
私が風邪を長引かせ昨日になった。二人でいろいろ話し楽しかった。
駅の近くのビジネスホテルに泊まったのだが この街で一番古かったがフロントの応対、冷暖房の調整など気持ち良かった。

 

3月31日(木)
Blogにて映画の紹介をしています。どうぞご覧になってください。

3月30日(水)
ついに手に入れた。至福である。以下のその映画(DVD)のご説明。

【収録内容】
『ソウル・オブ・マン』
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』でキューバ音楽の魅力を世界に発信したヴェンダース監督が、再び知られざるミュージシャン達の人生にフォーカスをあてた!
●出演者はアーカイブ映像を含みます。
●2003年カンヌ国際映画祭特別招待作品
●本編約100分+特典映像約32分+監督コメンタリー
《監督》 ヴィム・ヴェンダース
《出演》 スキップ・ジェイムス、J.B.ルノアー、ベック、ルー・リード、ボニー・レイット、ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン、ロス・ロボス他

『フィール・ライク・ゴーイング・ホーム』
『ギャング・オブ・ニューヨーク』 『タクシードライバー』 『ラスト・ワルツ』 の巨匠スコセッシがブルースの母なる地、西アフリカを訪れブラック・ミュージックのルーツに迫る。
●2003年ヴェネチア国際映画祭特別招待作品
●本編約80分+特典映像約20分
《監督》 マーティン・スコセッシ
《出演》 アリ・ファルカ・トゥーレ、サリフ・ケイタ、タジ・マハール他

『レッド、ホワイト&ブルース』
ブルースが大西洋を渡らなければビートルズ、ストーンズ、クラプトンのUKロックは生まれなかった!『リービング・ラスベガス』 の英国監督によるブリティッシュ・ロックスター総出演の必見作!
●2003年ヴェネチア国際映画祭特別招待作品
●本編約93分+特典映像約21分+監督コメンタリー約93分
《監督》 マイク・フィギス
《出演》 エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、トム・ジョーンズ、ヴァン・モリソン、スティーヴ・ウィンウッドB.B.キング他

『ロード・トゥ・メンフィス』
『ウッドストック』の撮影監督としてアメリカの音楽シーンを見つめ続けたピアース監督によるソウルフルなブルース・ロード・ムーヴィー!メンフィスから世界へ旅立った男たちの熱くホロリとさせられる生き様がここに!
●本編約89分+特典映像約25分
《監督》 リチャード・ピアース
《出演》 B.B.キング、ボビー・ラッシュ、ロスコー・ゴードン、アイク・ターナー

『デビルス・ファイヤー』
本プロジェクトただ一人の黒人監督が自身の体験を映像化。50年代のミシシッピを舞台にブルースとともに成長する少年を描いたハート・ウォーミング・ストーリー!
●本編約89分+特典映像約26分+監督コメンタリー約90分
《監督》 チャールズ・バーネット
《出演》 サン・ハウス、マディ・ウォーターズ、ライトニン・ホプキンス、ベッシー・スミス、W.C.ハンディ、ビッグ・ビル・ブルーンジー他

『ゴッドファーザー&サン』
ブラック・ミュージックの時代を超えたコラボレーション!ヒップホップとブルースの感動的な邂逅を『SLAM』の監督が鮮明に捉えた!
●本編約96分+特典映像21分+監督コメンタリー約99分
《監督》 マーク・レヴィン
《出演》 チャックD、コモン、オーティス・ラッシュ、ハウリン・ウルフ、マディ・ウォーターズ、ボ・ディドリー、サム・レイ、マジック・スリム

『ピアノ・ブルース』
『ミスティック・リバー』で自ら音楽を担当したイーストウッド監督がジャズやR&Bまで裾野を広げブルースの懐深さを伝える。レイ・チャールズ豪華ミュージシャンをフィーチャリングしたゴキゲンな作品!
●劇場未公開作品
●本編約92分
《監督》 クリント・イーストウッド
《出演》 レイ・チャールズ、デイブ・ブルーベック、ファッツ・ドミノ、ドクター・ジョン、プロファッサー・ロングヘア 他

内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
ヴィム・ヴェンダースの最新作を始め、映画界を代表する名監督たちが“ブルース”をテーマに撮り上げた7作品を収めたDVD-BOX。各作品監督による音声解説、約50Pにおよぶブックレットや貴重なライブ映像など、BOXならではの特典が満載。



LEOさんの4月のライブです。

●4月16日(土) 《O-X Town / 続・アムステルダム with 藤井 裕》
O-X Town / 金井貴弥vo,g、 倉本巳典b、 澤田 聡dr、 須川 光org,pf + 
(ゲスト)LEO(vo)
続・アムステルダム / 夢野カブvo,g、 KAZ(vo,g)、 藤井 裕b、 海老沢英一dr
18:30〜open /19:30〜start  \2,100
JIROKICHI

※金井貴弥さんが新たに立ち上げたバンドO-X Townのゲストにお呼ばれです。モー
タウン色が強いバンド、とのことで、私はMotown曲を2〜3曲歌う予定。


●4月27日(水) 《EBONY Soul Revue》
矢野間健、森崎ベラ、LEO、町田謙介 (以上vo)
北島徹g、吉森信key、小川ヒロb、岡地曙裕d、鈴木正弘tp、藤井正弘ts、村上こうようtb
18:30〜open /19:30〜start  \2,700
JIROKICHI

※お待たせ昨年11月以来、久々のEBONYです。soul, soul, 怒濤のsoulはこちらで !
昨年末大晦日に好評だった矢野間さんとのduet新曲も歌うつもりです。


3月28日(月)
ホトケさんからの皆さんへの案内文です。
東急ワールド・ミュージック・スペシャル「ザ・ヒストリー・オブ・ブルース」の
お知らせ

5/31、6/1に渋谷、東急Bunkamura「オーチャード・ホール」にてブルース・コンサ
ート「ザ・ヒストリー・オブ・ブルース」が開催されます。実はこのコンサートは
不肖永井がプロデュースするもので、5年ほど前からBunkamuraの担当の方に企画書
を出していた念願の企画であります。
ブルーズという音楽は、今や世界のポピュラー・ミュージックに多大な影響を及ぼ
しており、日本でもブルースという音楽があることはある程度知られているものの
、ブルースの中身について知られているかというと甚だ心もとないものがあります
。常々そうした状況をなんとかしたいと思っていたところ、この東急ワールド・ミ
ュージック・スペシャルには普段ライヴハウスなどに来られない子供たちやお年寄
りまで来られると聞き、是非そういう場所でたくさんの人にブルースを知ってもら
いたいと思ったわけです。内容はひとくちで言えばブルースの歴史を時代を追いな
がらも、その多彩さと楽しさをわかってもらえるようにしたいと考えています。以
下に記したように総勢20名近いミュージシャンであり、アメリカからもあのマーテ
ィン・スコセッシ監督のブルース・ムービー"Feel Like A Going Home"にナビゲー
ター役で出演した気鋭のブルースマン、コーリー・ハリスに来てもらいます。もち
ろん、いつもライヴに来てくださっているみなさんにも参加していただきたく思っ
てます。しかもこのコンサートは抽選による無料招待です。以下、とりあえずコン
サートの詳細を以下に記しますので是非ふるって応募してください。コンサートの
内容についてはまた後日みなさんにお知らせしたいと思います。

◯日時 5月31日(火) 6月1日(水)
両日とも出演ミュージシャン及び演奏曲目は同じです。
◯開場 18:00 開演 19:00 
◯会場 渋谷 Bunkamura オーチャード・ホール
◯出演ミュージシャン
浅野祥之(J&B)、鮎川誠(シーナ&ロケッツ)、木村充揮、小島良喜、近藤房之助
、KOTEZ、塩次伸二(ウエストロード・ブルーズバンド)、永井”ホトケ”隆(ウエ
ストロード・ブルーズバンド)、沼澤尚(J&B)、BHB(ビッグホーンズビー/金子隆
博、織田浩司、河合わかば、小林太、佐々木史郎、山本一)、松原秀樹(J&B)、山
岸潤史(ウエストロード・ブルーズバンド)、LEO、ゲスト/Corey Harris。

応募方法
1.インターネットによる応募については以下のサイトを御覧ください。
東急グループHP http://www.tokyu-group.co.jp/

2.郵送による応募方法
往復はがき による応募は 往信はがき(裏面)に郵便番号・住所・氏名・ご観覧希
望日(5月31日または6月1日のいずれか1日)・年齢・電話番号をご記入の上、下記
の応募先までご郵送ください。
〒150-8511 東京都渋谷区南平台町5-6 東京急行電鉄「ブルース」係
4月18日必着

◯問い合せ先 東急お客様センター 03−3477−0109


3月24日(木)
BlogをShibaさんから教えていただき始めた。何か新しい世界の気持ちになり面白い。
読んだ方コメントなど宜しくお願いします。
表紙から入れます。またこの日々思うことは
音楽情報のみにします。


3月23日(水)
中島らもさん:KAWADE書房から出されている2冊の本を読んだ。この人の作品は全て読んでいる。Linkも貼っている。好きな作家だった。追悼のKAWADEムックにはいろいろな人が
思いを込めて書いている。阿佐田哲也さんの時も多くの方々が阿佐田哲也さんの劇場で味わったことに感謝と突然閉幕してしまったことの悲しみが寄せられていたが、らもさんのこの追悼本もまさに らも劇場への賛美が溢れ暖かい気持ちになった。そして悲しい気持ちにもなった。笑うことに貪欲で私も凄惨な話の中、笑いがいつもあり 視点がやわらかでそして怒る矛先に常に共感していた。こんな兄貴分がいたならなぁ。
らもさんはもういない。暖かい家族も知り益々この人が好きになった。奥さんのみーさんの若かったころの可愛いこと。らもワールドの入門編としてもどうぞ!!



3月22日(火)
故人への思いはそれぞれの人達の個人的な思い出の中にある。私が 私の話がとヒートアップして話されると居場所がなくなる。少し淋しい気持ちになる。
Shibaから10年先に気のあった者同士でのんびりやろう。とメールが届き遠くにいる彼は
よく分かっている。嬉しく思う。先日自転車の仲間が久しぶりに集まり 本当に楽しかった。
これからの旅行は子供 孫を連れになる。それもいいものだ。親友のみやちゃんが実に嬉しそうだった。


BUDOOKANのライブがチケットノルマ制になったようだ。ライブの担当者から田中さんが退いてしっまたらしい。70年のヒッピーのような田中さんゆえ多くの年輩の仲間たちが音楽を続けバンドを組みここで楽しんだ。でもノルマ制になるとなかなかきつくなる。しかし経営しなくてはならないのだから仕方がないのだろう。ただホトケさんLEOさん五郎ちゃんを呼ぶことは難しくなる。また、当分は機材を運んでの出前コンサートになるのだろう。
でも田中さんが残した30年余りの功績は素晴らしいと思う。もっと早く常連になりたかった。


葡萄館にて B、堀口さんG、かおるちゃんいっちゃんDsたっちゃん
少しスリムだったなあ・・・。俺。


3月20日(日)
任せられるスタッフ。前の日点滴するので(風邪の為)帰ったスタッフが 翌日には熱が下がったと出勤してきた。大変有能な技工士さんで 技術、頭のよさピカ一の女の人だ。
女性が仕事をするということは 多くの人が支えてくれる環境がないと出来ない。出産後彼女は是非来たいという意思もあったのだが 家庭がそして実家の人達も支えてくれている。
仕事場では私自身も気遣ってあげる事を肝に銘じている。


今日は、法事のため参加できないけどトンボ公園折原の予定した最後の作業だ。14人の仲間が集まる。



3月19日(土)
《 東急ワールドミュージックスペシャル in Bunkamura 〜ザ・ヒストリー・オブ・ブルース〜》
コーリー・ハリス(vo&g)、鮎川誠(vo&g)、近藤房之助(vo&g)、木村充揮(vo&g)、山岸潤史(g)、塩次伸二(g)、永井“ホトケ”隆(vo&g)、LEO(vo)、KOTEZ(vo&harp)、浅野祥之(g)、松原秀樹(b)、沼澤尚(d)、小島良喜(pf, key)、BIG HORNS BEE(horn section)
企画永井ホトケ隆

18:00〜open /19:00〜start 入場無料 : 各日とも抽選で1,000組 2,000名様をご招待。
:応募締切 4月18日(月)必着(インターネット、郵送共)
Bunkamura オーチャード・ホール
問い合わせ : 東急お客さまセンター  tel : 03-3477-0109
http://www.tokyu-group.co.jp/
ホトケさんが着々と準備しているコンサートが公表された。先日私の家に泊まったとき、ホトケさんから内容に付いてというか動機を伺いさすが第一人者だと感服した。料金は無料。
山岸氏もニューオリンズから帰国して参加する。どしどし応募してこの「ヒストリー・オブ・ブルーズ」に行きましょう。渋谷のBunkamura
オーチャード・ホールです。LEOさんも歌うよ!


3月18日(金)
南への旅に思いを馳せる。また、四万十川の風に包まれたいと思う。大きく呼吸をして のんびりと。



3月15日(火)
本当に多くの方、友人がこのHPを観て下さっている。先日も友人に会い『ア、そんなことも知っているの」と不思議に思ってしまった。そりゃあ、そうだよな。公開しているのだから。
リニューアルしようと去年の11月に思い立ち それから随分書いた、書いた。それから本当に嬉しいことにホトケさんのHPも生まれるし 思いもかけなかったがLEOさんのHPも誕生するなど良いことも多かった。ただ鬱についての文章はちょっと辛かった。人から「あいつはいい時はいいけど、またどっと落ちるんだ」など人づてに聞いて本当に淋しく思った。信頼していた先輩だったから。それに加えて自分自身の軽い再発もあり 追加された薬の副作用の強烈なこと。耐えた。耐えている。それも2週間くらいしてから来たので 面食らった。脳への薬は風邪薬のように即効性などなく10日から14日くらいして効き出す。本当に長く付き合って行かなければならない。改めて谷沢先生の本を手元に置いた。


桂枝雀師匠がこの病気で亡くなり6年を過ぎた。7回忌だ。あの日娘の引越しをしていて昼食を取っている時新聞で知った。ラジオでも流れていたな。そうか、もう6年か・・。重かったな。
「まあるく まあるく」という枝雀師匠の本。亡くなってしまい辛い本になっている。


暗いニュースが毎日毎日続いている。その中で私にとって 素晴らしいニュース!!
WEST ROAD BLUES BANDがこの夏FUJI Rockに全員で出演する。7月31日(日)だ。
また6月5日(日)日比谷野音でJapan BLUES CARNIVALにファンキーなピアニスト
小島良喜氏をゲストに加え出演する。この日は山岸氏は残念ながら参加しないが・・・。

左の写真はWEST ROADのデヴューアルバム。


3月13日(日)
怒涛のような週末だった。仕事を終えWAVE DOWNのメンバーに会うため新横浜に向かった。6時に本庄早稲田駅から新幹線に乗り 東海道新幹線に乗り継ぎ7時15分には新横浜駅に到着した。久しぶりのメンバーと歓談し気づいたら3時・・・。久しぶりに痛飲した。
この新横浜でWAVEのリハが来月から月1で始まる。



3月12日(土)

先日のHIDE LIGHTでのライブ写真です。従兄弟の正典さんの提供です。ホトケさんの新しいギター335プレーともどもかっこよかったです。隣は寄居での演奏の時の相棒ー上村秀右さん(秀ちゃん)です

3月10日(木)
嗚呼、どんと再発されたCD、DVDを拝むように観ている聴いている。始めはどうなんやろと思いながらもちろん懐疑的にではない。観た。聴いた。いやぁいやあ素晴らしい。
どんとは少し年下。でも俺も同類。俺は詩人に憧れ中央線の街を彷徨い歩いた。そしてホトケさんに出会えた。Bluesを体験した。君は京都でkyonやら冨士夫ちゃんに会いそしてちゃーボウに会い。んん合掌。
ずっと昔、ホトケさんからもちゃーボウが復帰する寸前に亡くなった事を教えてもらった。でもあなたは触れたんだね。凄い縁だよ。凄いことだよ。行動したものだけが出会えたこと。んんそれしかない。再発されたDVD、CD、めちゃくちゃ素晴らしい。京都を練り歩くボガンボス体験したかった。言葉だけで何もしない連中。感性の元で動き 働き そしてSHAREに生きたあなたは永遠だ。
SoulManとしても飛びっきりの人だったんだね。SAMCOOK,OTISが聴こえるよ。

右から二人目がLEOさん。

その一連の再発されたDVDに愛する愛するLEOさんが活き活きとして唄っている。
Linkのどんと王国からどんとの世界に入って CD SHOPで体験して。。ええよ。



3月8日(火)
本当に仕事のペースは難しい。もっとゆっくりと思っているのだけど 朝から電話が鳴りっぱなしだったりして予約の患者さんとのやりくりを受け付けの人が必死になってやっている。
勤務医を雇うことも考えている。以前は友人でもあるRyoの生活のためにも彼にお願いして一緒に仕事をした。彼が携わった患者さんの結果は今でもすこぶる良い。しかし他に3,4人の若い先生を雇ったが途中でいなくなったりして困ったり淋しく思ったこともある。もう少しで子供達がと思うが研修制度の始まった今当分は戻ることもない。片山先生の核を若い人に教えて行きたいと思うのだが。自分の健康のためにも。


アリスのレストラン70年代のアメリカのPeace&Loveの世界。主人公が徴兵制度に反抗し より人間らしく より仲間とSHAREしていく物語。その姉的存在のアリスと後に結婚する男(この男が教会を買ったり最後は広大な農地を仲間との生活を始めるために投資する)が教会を買い取りそして仲間が集うレストランを手作りで作る。
食べ物も大麻もSHAREしていく。
先日ホトケさんが私の家で話しをされたが、60年から70年にかけてこのような共同生活を経験をした人達はSHAREするという気持ちが強くそして人間的に素晴らしい人がいる。と話していた。思いかえると 横浜のヒデさんや熊本にある地球村を思い出す。ヒデさんは本当に私も今まで出合ったことのない人だった。色んなことに感動する感性を持ち精神的に自活していた。とても優しい人だ。また地球村は熊本の山深いところにあり、一度お邪魔したが広大な土地、そして大きな家に人々が集まっていた。食事も自給自足で野菜、ご飯もとても美味しかった。西村先生(どこかの国文学の先生)が開いた塾みたいなものだった。若い人も沢山いた。2泊した後 食事代宿泊費はと話したら気持ちでいいと言われ戸惑った。千円を置いていく若者もいる。私は2泊したお礼に1万円を置いていったのだが(それも手渡しでなく箱のようなものに入れた)家に戻ってから奥様からお礼の電話とこの次はもっと少なくと言われ不思議な気持ちになった。自分の家や仕事だけにやっきになている世界の中、脈々とこういう世界があるということを知り嬉しかった。そしてその地球村の守り神社の弊立神宮に 是非一度行かれることを勧めたい。伊勢神宮を表とすると裏の関係にこの神宮は存在していると教えていただいた。そしてそれを教えていただいたのは亡き岡林先生だった。「アヒムサ」の創立者だ。岡林先生も年に1回はこの地球村に足を運んでいらっしゃった。長野の諏訪さんのことも思い出した。今もお元気でいらっしゃるだろうか?


そんなことを映画から思い出した。映画の最後のほうにウディ・ガスリーが死ぬ。


3月7日(月)


今回のLIVEは唄に集中して自分の背丈ほどのそして消化されたものを唄うことが出来た。メンバーとくにたっちゃんに当日会ったとき「今回は歌いたい唄があるのだけどいいかい?」と
尋ねると「とりさんそれが一番いいですよ」と言ってくれ臨むことが出来た。
『T shall be released』30年前に出会った曲。本番ではいっちゃんがコーラスをつけてくれ何とも言えない気持ちになった。それとリハのときから取り組んだ『OLD’55』アメリカの広大なる風景を思い出し、また映画の「テルマ&ルイズ」のロードを思い出し唄いきった。素晴らしいメロディー
。少しずつオリジナルも作り忘れかけられた名曲、そして皆の良く知っている曲もとりまぜ演奏していきたい。


しかし昨日はお見舞いに行った以外はほとんど寝てばかりいた。良い夢ばかりだった。



3月6日(日)
小雪が舞う中 ほぼ満杯のお客さんが集まりありがとうございました。
ホトケさん 本当にエネルギィッシュで素晴らしかった。LOVEBONEもいい反響で
嬉しかったです。今日は 仲間に本当に支えられ感謝で一杯です。
また、やりますので是非来てください。



3月4日(金)
雪が昨夜から降り続いている。霙に変わり積雪はさほどではないだろう。
とにかく明日はホトケさんのLIVEだ。明日のことは明日考えよう。もちろん開演の予定だ。




2日
フレンチコネクション物凄いエネルギーのある映画。頭をキックされた。
ジーンハックマン演ずるポパイの地下鉄と並走するシーン興奮した。古い映画で
初めて観たのだが 劇場で観たらどんなに良かったか・・。
3月3日
一人一人の治療に集中する。そのことが一日の初めにトラブルと大きくペースが崩れる。
私の外注している専属の義歯の技工士さん。前日に仕上げを手がけるため納品する数が
多いと彼の技術が低下し患者さんにセットする時間がかかってしまう。
午前中で心底くだびれ果ててしまった。コミュニケーションも焦燥感の余りずたずたになって
しまった。仕事の細部が分かってきているため 妥協は出来ない。
1年中仕事はそのように
続く。新しい歯科衛生士と何とか出会いたい。募集中です!!オーラルフィジオセラピーを共に勉強していきましょう。  連絡先/048-581-1300(鳥塚歯科医院)

 

2月28日(月)
3日分の日記をアップします。


今日で2月も終わる。先週どうにか約束がこなせたからか 気分は少し軽い。人前では陽気に喋る。(無理に繕っている自分が見えるが)飲む。しかし一人になると どこか遠くへの旅に思いを馳せる。戻りたくないとも思う。ただ何処にも行くところがない。会いたい人も皆遠くにいる。
いつまでもこんな重い気分が続くのは耐え難い。しかし生きていくしかない。薬も今ひとつだ。黙々と仕事はこなす。この1年自分で自分の人生の節目を感じてしまっている感がある。友からまだ50前だから若いよと言われる。確かにそうだ。でも親父が私の卒業を待って死んでしまったことを どこかに感じている。親父の死んだ年より10歳も若い。ただ子供達の卒業を前にすると 親父もこうだったのかと思ってしまう。親父の時代より私の仕事の状況はとても悪化している。つい最近でも会で親しくした人が倒産してしまった。何にも彼には手を差し伸べられなかった。私には彼は寄りかからなかった。それゆえ彼への思いは悔いも残る。


話を戻すと そんな状況の中 頑張ってきたことを思うが ただこの若さゆえまだ途中なのだ。残っている人生も沢山ある気がする。これからの方向性が見出せないでもがいている。卒後研修の場に提供することもこれからの一つの方向性なのかもしれないが。



2月27日(日)
朝から気分が重い。久しぶりにホームコースの競技会に参加したのが 失敗だった。
とても無理だった。まして歩きで回ったのも本当に久しぶりゆえ(2ヶ月)体力もなかった。
同伴した人に「この間一緒に回った人がハンデ11でその人が2つくらいの悩みを抱え鬱になり半年間入院やら治療をし、ようやく復帰した時16に下がったそうだよ」他人事の話ではなかった。今の状態で競技はとても出来ない。益々ゴルフも悪くなり病気のほうも悪化してしまうのみ。焦ってはいないのだが とにかく楽しくない。春を感じ始めた頃なのに。
時折吹く 北風が本当に身を凍らす。ただ倉方さんという大好きな先輩と回れているのが唯一の救いだ。
倉方さんが良く話すけど このホームコースは何百回、20年回ってもいつも違う顔を見せ 打ちのめされる。ゆえに20年間通ったんだよと。本当にその通り。厳しいコースだ。


2月26日(土)
調子が戻ったのか戻らないのかまったく分からない。気分は重い。一つ一つ約束したことは こなしているのだけど どうも精一杯の気がする。
今日は 大学の県人会の同窓会が寄居町の「京亭」で開催された。地元ゆえそれより大学時代にお世話になった先輩の教授就任のお祝いも兼ねてなので 午後を休診にし出かけた。
お座敷での集まりだったので 狭い空間だった。狭い空間でじっとしているのが 何より苦手だ。足も伸ばすことが出来ず血圧も上がってしまった。
この小林教授は発想が全く違う。ゆえに教授になれたのだろう。まだ50前だ。学生時代私の家にも遊びに来たし私も教授の家に泊まったこともある。私の家で真っ白な画用紙に
思いつくままに絵を描こうと言われ遊んだこともある。学生の面倒も良く 今愚息がお世話になっている。



2月23日(水)
新しいスタッフを交え食事会をした。とても気が穏やかな人だ。入籍した綾も結婚式の日取りが決まり何より。この2ヶ月色んなことがあったが悪いことばかりではなかったな。

とにもかくにもチームワーク。


2月22日(火)
トンボ公園の作業の後、何とも身体、こころが元気になる。今まで出来なかったことが出来るようになる。億劫だなと思ったことも資料等をまとめて考えられるようになる。不思議だ。風邪で
作業に出かける前までは しんどくて堪らなかったが仲間の顔をみて黙々と作業をすると脳が
活性化するのだろう。私にとって本当のライフワークだ。


年間のスケジュールを眺めている。今回の病気再発のため海外は今年は諦めている。音楽を
より深く勉強していきたい。仕事は子供達が仕上がってきたので(金もすっからかんだものな。)これから患者さんに何が出来るか見極めて行きたい。今年は数年ぶりに仲間と米作りをする。米作りは一人だけでも作れる自信がある。数年前籾摺りから精米まで一人で何年間やったからだ。そうだ、横浜に住むヒデさんに玄米を送らなければ。


車の運転がままならなくなったので ママチャリを地元の自転車さんで購入した。今日来るかな。遠出は以前のマウンテンバイクで走るが 地元散策の足として(飲み歩くため?)のんびり走りたい。



2月21日(月)
昨日は午後からトンボ公園の木道撤去工事をした。午前中は前日までの雨、雪のため公園に
登るのに危険を伴うため午後から作業を行った。3分の2程の木道を地面に落とすことが出来た。幹事のみだったが10名以上の人数が集まり いやあみんなの手際のいいこと。無駄の動きなど全くない。改めて仲間の素晴らしさに感動した。雉が鳴いていたり カジカ蛙が鳥の声のように鳴いていた。作業が終わり帰る時の充実感は いつものことだが気持ちがいい。


レイジングブルーロバートデニーロの鬼気迫る演技、マーティンスコッセシーのテンポのいい演出そして悲惨とも言えるボクシングの試合に流れる音楽。堪能した。若い奥さんを持ち、彼女に対し病的な嫉妬心を主人公は持つ。奥さんが自分の実の父親との挨拶にもクレームをつけ、最後はマネージメントをしている弟にも嫉妬を持ち弟の家族の前で彼を殴り倒してしまう。結局は周りの人全てを失ってしまう。嫉妬。ジェラシー。ここまで募らせることは そういう奥さんを持ったこと自体が悲劇でありここまで過激に登りつめてしまう。誰がみてもいい女だからだ。社交的な奥さん美しく着飾ることに対しては夫も望んでいる。しかし彼女の本質を彼は心までは支配できない。ボクサーというハングリーで減量により ますます苛立つ気持ちをコントロールすることはは無理なのだろうな。本能だ。コットンクラブも出てくるが そのような社交的な場に連れ歩く事自体懐疑的にならざるをえない。俺自身嫉妬に焦がした時もあった。それにしてもボクシングシーンは素晴らしい。



ロミオとジュリエット高校時代に観た映画だ。オリビア・ハッシーの美しさに魅入られる。
ストーリーもとてもわかりやすく当時観た内容も覚えていた。音楽が秀逸だ。この映画と
ローマの休日は高校時代観た映画だが 瑞みずさは少しも色あせることがない。



2月20日(日)
相変わらず腹痛、下痢が続く。一昨日は家内が昨日は母が寝込んでしまった。本当にしつこい風邪だ。水曜日から土曜日まで手紙25通FAX20通と出した。県の執行を辞めた為 そのお詫びの挨拶やらお願いやら 仕事の合間に書いた。大里郡市の会長からも丁寧なお返事を頂き 恐縮してしまった。風邪も引いている事だししばらくは静かに暮らそう。


2月18日(金)
3ヶ月振りだろうかLOVEBONE 全員が集まった。いい感じでリハが出来た。3ヶ月メンバーも家族のことやら自分の体調の崩しやいろいろあった。いっちゃんがまたまた成長していた。
繊細な音の作りが出てくるようになった。それに従い歌も繊細に曲を歌い込める。
リハがなくても四六時中音楽のことを考えている。自分の声のキーを掴んできたことは30年経って理解してきたことだ。血管が切れそうな歌はやはり聞くほうもしんどい。こっちもしんどいだものな。テンダネスでも通る声、来月から始まるもう一つのバンドWAVE DOWNではJAZZを唄う。楽しみだ。



2月16日(水)
川上弘美さんの著書「センセイの鞄」なんとも清々しい気持ちになった。今、この人に嵌っている。
目黒孝二さんがお酒は読書の大敵だと言っているが、確かにその通り。仕事が終わり晩酌をして さあ読むぞとなるともう数ページで眠りに入ってしまう。しかしそんな毎日、この本は
一気に読んでしまった。色川武大さんの「怪しい来客簿」文庫版に寄せている川上弘美さんの
文章も私は とても気に入っている。匂いが合う。次から次へと賞を貰っている人だが それだけの実力があるのだろうな。いつも注目していきたい人だ。


レイチャールズがグラミー賞独占。亡くなってしまったことがとにもかくにも残念だ。遠くから聞こえてきてもこの人の歌声は わかるだろう。ONE ONLYの人。映画『RAY』東京に観にいきたいと思っている。



WAVEDOWN BB 活動に向け動きだした。楽しみだ。


2月15日(火)
歯科医師会の仕事を 名誉職と感違いしている輩がいる。この仕事、本当はボランティアなのに・・・。毎月多くのお金が会費として取られる。いったい何のお金か定かでないものも一杯ある。とにかく普通の額の会費ではない。ゆえに若い歯科医師が会に入会しないのも理解できる。
政治連盟のお金もしかり。これも最近話題になったH元首相とのやりとりに使われたお金でもある。
一歯科医として患者さんに仕事をすることが大切なのに 名刺に肩書きを一杯載せ会員に様々なことを強要する困った人達。会のこと我々の生活の向上をガラス張りで話せる土壌は
この肩書きに囚われない人達が出てこないと 本当に困ったことになってしまう。最近同級生に会って いろいろ語ることが多くなったが本音で話せることに尽きる。大きく膨らむ虚像に
しがみつくこともなく諦観とともにこの仕事を楽しくまっとうしていきたい。




2月13日(日)
本当に風邪が流行っている。友達の医師に聞くとあらゆる種類の風邪のウイルスが 飛び回っているそうだ。ある人は猛烈な下痢、ある人は気管支炎にそしてインフルエンザもA,B両方
混合で罹っていると言う。そして治りが実に遅いそうだ。私自身こんなに長期に罹ったのも初めて。年のせいかと諦めてしまうが周りを見ると多くの人が同じように罹っている。風邪は持病を持ち上げてくる。抵抗力を極端に落とすからだ。血圧が高い人、慢性疾患、鬱病も風邪を継起に悪化する。ご注意を!!



あるコラムで俵孝太郎氏が介護保険に関して以下のように書かれていた。人が人として活き活きと生きること。私も医療人として押し付けのような健康感ではいけないと思う。不良老人で結構だと思う。病気にならない指針はそれぞれあるだろう。それよりも今の若者の体力、そして歯肉から本当に将来が心配になる。噛むという行為が退化している。軟らかい食べ物の氾濫しかり。
70代の人達の芯の強さは 明らかに今の若者より強い。

『介護を必要とする状態になるのを予防するために、行政の手で高齢者の体力維持や生活習慣改善を進めようという動きがある。来春からその経費が介護保険の対象になるのを前に、今年から要員の養成をはじめるのだそうだ。

 余計なお世話というほかない。筆者も年内には4分の3世紀を生きたことになる老人だが、朝早く役所の命令で集合させられ、集団で体操や筋トレ、ましてゲートボールをするなんて、とんでもない。遅寝・遅起きは現役を卒業した自由人の特権だ。好きな時間にやればいい、といわれても断る。年寄りの冷や水のあげく骨折したり、力んだはずみに脳出血を起こしたりしたら、だれが責任をとるのか。

 酒・たばこ、食いものの好みに至るまで、他人の干渉を許すつもりもまったくない。自由気ままに生活を楽しむのが老人のクオリティー・オブ・ライフというものだ。ガンで瀕死になってはじめて、こうしたコトバをいわれても、なんの意味もない。

 こんなくだらない「事業」をはじめる理由が、介護保険の支出がかさむのを抑えるためとか、ましてみんなが健康で長生きできるようにするためとかというのは、もっともらしいウソだ。「事業」を統括したり、実施機関の認定に当たったりするための独立行政法人を新設して高級官僚の天下り先にし、現場の管理者には中央・地方のノンキャリOB、指導員養成に当たる主任指導員や実地の指導員にはケアマネジャーやホームヘルパーの団体ボスを充てて、介護保険を食いものにする一大寄生集団をつくるのが真の目的であるに決まっている。

 汚いたくらみは今国会の予算審議の中で潰さなければならない。介護保険は役人どもの老後のフトコロを「介護」するためにあるのではない。』【俵孝太郎】

【2005年2月10日掲載】



2月11日(祭)
今日は 上野動物園に 孫と行った。何度訪れたろうか。彼女は元気に走り回っていた。
喫煙の場所を探すのが大変だ。ようやく見つけたのだが その一角は何だか見世物のようだった。まるで煙草を吸う珍しい人種のように。北極熊がいつも元気だ。2時間で半分。大好きな
河馬は春に行きたい。



行くまでは風邪の症状が出ていたが モスで辛いホットドッグを食べた。発汗を期待してだが
それが見事に当たり 身体がシャキットした。上野駅で高崎の鳥弁当を母にお土産に買ったのだが これも大当たり。実に美味しかった。ご飯も味付けも最高だ。



2月10日(木)
またしても「ヒッチコック」「裏窓」リニュアールされるまで中々DVDにならなかった作品。
ただため息をつき ストーリーとグレース・ケリーに浸るだけ。至福。映画の素晴らしさが全て詰まっているヒッチコック作品群。「疑惑の影」「めまい」「ダイヤルMを廻せ」「北北西に進路をとれ」「レベッカ」「ハリーの災難」「汚名」「知りすぎた男」「迷走迷路」「スミス夫妻」「泥棒成金」「間違えられた男」そして「サイコ」 9日の作品をあわせ18本繰り返し観ている。


ヒッチコックは1980年死去。1982年にアルマ夫人死去。その年にイングリッド・バーグマンとグレースケリーが相次いで亡くなる。



風邪が 長引いている。午後になると熱がぶり返し 口の中が苦くなり気力も落ちる。
抵抗力が落ちていると友人の医者に言われている。今日は 県の仕事も辞職したため ゆっくり休んでいる。今は寝転んで映画を観るのが何よりの楽しみだ。午前中は「恋愛小説家」
久しぶりに観た。J、ニコルソンの懐疑的な目、動物的な匂いが何となく好きでなかった人だったが 妙にこの映画で 彼の過剰な演技も年とともに落ち着いたためか 実にいい。


主人公は 強迫神経症だが 「いい人になるために以前から精神科医に勧められていた薬を飲みだした。」と彼女に言う台詞に微笑んでしまった。周りを見渡せば 誰だって何らかの神経を病んでいる。


午後はベルイマンの「叫びとささやき」を観る。うんんん、重い。今の精神状態では 見えすぎるところもある。


2月9日(水)
ヒッチコックの映画を見直している。映画は同じ映画を何回も観る。この太っちょ大監督。
いつも観客が反応するしかけをたくさん網羅している。映画が音楽も含め素晴らしいスタッフの共同作業で作られている。。
「マーニー」・「フレンジー」・「引き裂かれたカーテン」・「ファミリープロット」・「トパーズ」 今回観ているのは ヒッチコックの後半の作品ばかりだ。「マーニー」は グレース・ケリーの映画復帰のための作品として用意した。それがモナコ国王の反対のため急遽出演が出来なくなり その時のヒッチコックはとても不機嫌になり そして撮影中だった「鳥」のティッピ・ヘドレンに丘の上に登っているシーンのときに主演を告げたという。また引き裂かれたカーテンの時、ポールニューマンと脚本についていろいろ議論をした。しかしヒッチコックは言う。「カメラの前では 私に従ってもらう」むむむ流石だ。



2月6日(日)
チャンさんのお父さんがお亡くなりになり たっちゃんと葬儀に行ってきた。チャンさんに久しぶりに会い 感慨深かった。そこで熊谷の音楽の仲間ー岡田さん手島君すけちゃん吉岡さん
かおるちゃん堀口さんたちとお会いし特に岡田さんとは本当に久しぶりにお会いし 立ち話をした。私は岡田さんの飄々としたところやユーモアのセンスが大好きだ。本当にこの土地で
唯一の音楽だけで食べている人だ。



ケンロードミュージックからショーボードカーニバルのDVDが届いた。1976年の日比谷野音でのライブと憂歌団とスリーピー・ジョン・エスティスとの日本来日でのコンサートである。
日比谷野音では大好きな久保田麻琴と夕焼け楽団が観られる。セカンドラインという曲では心踊る。当時、日本では先駆者的な音を作っていた夕焼け楽団。篭るような歌声が実に心地よい。センスが本当にいい。そして憂歌団がとてもいい。木村さんも22歳と若くしかしあの声は味わい深く 凄い。
スリーピーとのコンサートは緊張しているのもありありと感じられる。お客がスリーピーのファンであるのだから やりずらいのもあにはからんやだ。しかしマイペースの憂歌団がいる。
是非、購入してください。先日ケンロードミュージックの広川さんからメールを頂いた。本当に一人で頑張ってやっていらっしゃる。ケンロードミュージックにアクセスしてください。



2月5日(土)
昨夜は急に寒気が走り リハを中止にしてもらい早々と寝てしまった。普段は風邪を引いても
治りは早いのだが ぶり返しが起き閉口してしまった。夕方になると急に暖房の感度が変わり
寒いなっと思う。その時点であ、まずいと思ったときはすでに遅い。


連日のS会の部の休部の話で 頭が痛い。



2月4日(金)
静かな朝です。昨日の運動で身体も程よく疲れ バランスが取れてきたようです。今日一日
仕事が出来ることに感謝します。



2月3日(木)
仕事を少し休んだので 何人かの人達から、電話、メールを頂き ありがとうございました。
今回は過ぎ去ったようで、落ち着きました。運動も出来るようになり今日は冬の青空の下 
のんびりと歩きました。静かな1日でした。青空を見上げ何とも良い気持ちになり 時折吹く風も寄居の赤城降ろしの冷たさもなく心地よい気分でした。これで今月のトンボ公園の作業が出来ます。そのことが一番気がかりでした。車に乗れないので 誰かに連れて行って貰いますが
昔 節分の日は不思議な現象がありました。東洋医学を研鑽している頃です。この日を迎えるにあたり空気が明らかに様変わりする瞬間を感じたことがあり 私にとってお正月よりこの日を厳粛に迎える気持ちがあります。この日から新しい1年という気持ちもあります。
節分は道教から来た季節の行事です。日本では 道教から生まれた行事が多くあります。



2月2日(水)
LEOさんのHPが人柄が溢れていて とてもチャーミングでとにかく面白い。作成のためのガイドなどは使わず 一人でどんどん更新している。賑やかなオモチャ箱のようだ。本当に頭がいい人なんだな。音楽の才能は群を抜いているが それには奢らずやさしくて素晴らしい女性です。知り合えて本当に良かった人です。
今年もLEODUOのLIVEはやります。ご期待ください!!

LEOさんのHP是非立ち寄ってください。

2月1日(火)

昨日は点滴を受け 午後には少し仕事が出来た。冷たい飲み物には注意しなければならない。ノロウイルスらしきものの仕業らしい。夕方から 身体の節々の痛みが大分和らいだ。だが
食欲は戻らない。こんな弱いウイルスに感染するようとは 情けない。抵抗力が落ちている証拠だ。


こんなうざったいような毎日が続く中で 情報を何とか閉ざさないでいるとこんな朗報がある。
■6月5日(日) 《 ウエストロード・ブルースバンド-1+小島良喜》

  永井“ホトケ”隆 (vo)、塩次伸二 (g)、小堀正 (b)、松本照夫 (d) + 小島良喜 (pf)
 日比谷野音ジャパンブルースカーニバル20周年記念
  w/バディ・ガイ
日比谷野音のジャパンブルーズカーニバルでウエストロードが演奏するのは何年ぶりだろうか。今回山岸潤史氏は帰国しないが 凄腕の小島良喜氏の参加。本当に楽しみだ。野音こそ
ウエストロードBBが映える。

1月31日(月
昨日は夕方から寒気が走り久しぶりに歯ががたがたと合わさり震えと熱で寝込んでしまった。
今、あらゆる恒常的な身体の免疫機能ががたがたになっているようだ。脳の神経のイナップスが高熱で繋がればいいなあなんて気楽なことも考えてしまった。セロトニンも出てくれるといいなぁとも・・・・。仕事のほうが最小限、患者さんのご迷惑にかからないようにしているがどうも行き着くところまで行く気配も感じる。歯科医師会にはサイを渡しあとは信頼する副会長にお任せした。半年くらいの休会になるだろう。そして半年後また・・・。

1月30日(日)
朝焼け 陽の光がきれいだ。今日はのんびり休養をしよう。観たい映画をぼちぼちと。
昨日はヒッチコックの「断崖」を観た。主演:ケイリーグランド、Jフォンティーヌ彼女の思いつめていく心理描写がリアルで身につまされる。今日はビスコンティの郵便配達は2度ベルを鳴らすを早朝観た。イタリア映画は大好きだ。リアルで生活観がありビスコンティを始め巨匠が素晴らしい作品を残してくれている。犯罪を犯したものはその動機が自己的でありその自己的の大きさから社会の報いを与えられる。

1月29日(土)
夜半に起きオフロードの世界(鬱病第2部)を書いている。今 薬の効き始めの何とも言いがたい症状と付き合っている。いろいろ文章を手直ししながら書いている。



1月28日(金)
George Harissonの数々の名曲
Georgeの曲に嵌っている。DVDの追悼コンサート、バングラデシュのLDも1日に1回は観ている。仲間を愛したGeorgeの人柄そのもの名曲に胸を打たれる。数人の仲間とともに曲を練り上げていく時 素晴らしいメロディーが絡ませている。その妙さは職人だ。


35年愛用しているギターを修理に出している。早く戻ってこいだが 丁寧の作業なため1月掛かるようだ。今リハには ホトケさんのギターを使っている。小ぶりでとても最近気に入っている。TUNEのギターだ。


1月27日(木)
副作用:今日は埼玉医大の主治医の診察のため川越に行ってきた。去年の夏からの車の運転のこと、先週からの身体に現れた不快な症状を話した。このことはオフロードの世界で詳しく書くが・・・・。やはり薬から来る副作用で運転に支障を来たすことがわかった。近場は別にしろ高速道路での運転は断念した。辛い気分になった。しかし薬を止めると先週ような再発が起きてしまう。どちらを選択するかとなると運転をあきらめるしかない。考えてみればもともと車で遠出をすることもないので 仕方がない。
「再発というように考えるのではなく 人生の波があるように落ちたとしてもめげないで下さい」
と言われ 多くの病気ー糖尿病、高血圧と同じように付き合っていくしかない。
誰にでも心の空白がある。それを何で埋めるかだ。年も取ったのだから素敵なもので埋めていきたい。



1月24日(月)
夜中にメールを開けたらLEOさんからの通信がありとても嬉しくなった。LEOさんがHPを
立ち上げた!!。Liveでのお付き合いやらメールの交換を通してしか彼女のことは知らないが ニューオリンズのイナタイ雰囲気のHPで 嬉しくなった。
このHPにさっそくLINKしたが ラベルまではまだいってないのでよろしくお願いします。
LEO web /http://www12.ocn.ne.jp/~leosoul


ホトケさんの2月のスケジュール 浅野祥之さんとのツアーが2月から始まる。知る人ぞ知るギターリストだ。Dsの沼沢尚さんとバンドを組んでいる人で凄い人です。
3月5日はお二人で来るのかなぁ。楽しみです。



1月23日(日)
寒い日になった。今夜から雪になるかもしれない。昨日は大学の同窓生の集まりで さいたま新都心にあるお店に行ってきた。この駅に降り立つといつもながら唖然としてしまう。3回目くらいだが埼玉県の中枢部として変貌をとげたこの駅周辺は 何と言うか機械的な風景でもあり幼いころTVで観た宇宙都市みたいな気持ちになる。きれいな所だがもう少し自然を感じられないと気分は落ち着かない。ビオトープを利用できなかったものか。ビルの谷間の突風は冷たくそして激しく 心まで冷え切ってしまった


仲間との語らいは 楽しく 時折今陥っている病気が顔を出していたが 親友が見抜き接してくれた。わかるんだな。


1月21日(金)
昨日は 歯科医師会のゴルフ部での新年コンペ及び新年会が行われた。風邪もひき何となく重い身体(当たり前かぁ)だったが最近のゴルフの調子が良かったので期待して出かけた。
優勝をした。森林公園GCのバックからの距離は本当に長かったが ドライバーの調子が良く2番3番アイアンも上手く打ててこの結果になった。振り切ることが真っ直ぐに飛ぶ ハンディ3の原先生に言われ10年かけて納得した次第。でもこのことは年末、Shibaさんに熱心に教えてもらったことだ。本当に感謝している。競技会にいそいそと出かけるゴルフ生活だが良き仲間と語ることまた良き先輩と時間を共にすることが何より好きだ。


軽い鬱の症状に陥っている。しかし昔の地獄を知っているゆえ 対処するために薬を戻した。
昨日は大いに笑ったが笑いがとにかく素晴らしい薬だ。以下のHPに皆さんの知っている人達の病気(鬱病)のことが書かれている。右クリックをしてコピーをし検索してください。(yahoo
goo・・・)
http://www.utu-net.com/



1月20日(木)
午後の仕事の前に1時間くらいの昼寝をとるのだが 最近寝起きが悪い。午後仕事に行く気分が重く身体も風邪の症状のようなものが出てきて閉口。今年のスケジュール手帳を新しくしていない。一応3月の分まであるからだが。本当に予定が入るのが早い。重なってしまっている日もある。ため息もつきたくなる。真っ白な白紙の日を つくらないと身体、脳が疲労してしまうだろうな。去年は海外に行けたが 今年は予定がない。あ、モンゴルがあるかな。何時なんだろう。
長期の休みはその前後の仕事の整理が 本当に大変だ。患者さんに「お休みですか?」と言われてしまうと ちと辛い。前は「日曜日もお休みですか・・?」と言われたこともある。
それは父が22日の一日しか休みを取らなかったからだろう。そんなときしばし沈黙。そして
「うん、休みなんだ。ごめんね」とつぶやくように話す。毎日毎日40人前後の患者さん。そして飛び込みに入る急患の患者さん。頭の中で 瞬間に時間を区切り段取りをしスタッフとともに働く。野戦病院のごとく駆け回ることもある。風邪などひくともたもたとしてしまう。何となく寝込むのもいいのかなとマイナスに思ってしまう。いかんなあ。



1月19日(水)
陽射しも出て外は 暖かい様子。家の中での仕事なのでその暖かさが感じられない。
今週は何故か時間が過ぎるのが 遅く感じられる。スタッフの一人が妊娠、結婚となり体調も
思わしくないらしく 半日が精一杯のようで 潤滑に回っていた歯車もぎしぎしと軋み出してしまった。一生懸命教え 素直な子ゆえ仕事も覚えてさあ今年も頑張ろうとしていた矢先 ふうう。この仕事でのスタッフのウエート重さは 改めて身に染み入る。教え込むまで多大な時間とエネルギーをかけたのに水の泡だ。やれやれ「なんくるないさ」。不味いことに 風邪もひきそうだ。
なんくるないさ。なんくるないさ。


1月17日(月)
昨日は本当に雨がよく降りました。トンボ公園の大地も雨を充分飲み込みましたので 作業は
乾いたころまで手が出せません。来月には大丈夫でしょう。(降らないでね!!)


昨日は喜楽さんの新年会 家内と参加して「落語」を堪能しました。もともと落語は大好きです。志ん生さんのテープはたくさん持っています。落語というといつも思い出すのですが 東京のアパートに住んでた頃 ラジオから流れる文楽さんの落語で吉原の街並みが突然と見えてきて興奮したことがありました。写実主義のような文楽さんの芸には心底驚かされました。また浅草演芸ホールで馬生さんを見に行った時 語り口が静かで始めは聞き取れないくらい。しかし段々話に引き込まれ最後は馬生さんの世界に観客が魅了されました。酒を飲む仕草など天下逸品だったなあ。声のトーンも変わらなかったです。談志さんがいう「業」の世界。八ちゃん熊さんが生き生きと人間の業を現し見せてくれる落語。いいもんですね。喜楽の社長栗原さんも自ら演じますよ。知り合いのかたに「トリちゃん口を開けっ放しで観ていたね」と言われごっもともです。志ん輔師匠最高だったもの。


ご連絡
明日のトンボ公園折原の作業は中止になりました。朝から降り続く雨で地盤がぬかるんでしまい、また明日の天気もどうも雪化粧に変わる様相です。
次回は2月20日になります。よろしくお願いします。



1月13日(木)
歯科医師としていかに世の中に貢献出来るか 最近特に思います。いろんなことをしても
私は天職として思っているこの仕事で 貢献出来るかということです。介護保険の会議に出て
如何に多くの方々が口腔内の治療が必要か また介護されないためにも如何に私が予防として噛むことの大切さに携われるか。50歳に近くなり65歳までのこの15年余りをじっくりと性根を決め勉強していきたいと思います。


音楽は生きるための『かくし味です』大切な仲間とともに仲良くやっていきホトケさんLEODUO
五郎ちゃんの音楽を皆とSHAREしていきたいなぁ。私の拙い唄も聞いてくれる人達がいれば
何処にでも出かけ唄います。この気持ちは仕事をしていく上でも私の心を豊かにしてくれます。
音楽にもっと費やしたいと最近まで思いましたが やはりほどほどです。
ほどほどにやって 心も身体も健康でいたいと思っています。


1月12日(水)
あっというまに1月も半ば、早いものです。流域ネットワーク10周年を向かえ私も積極的に参加していた頃の1997年の活動におけるレポートを書いて欲しいとの以来を受けました。
いやはや記憶は薄れ資料集めから始めました。その頃めっせの代表、ふる懇の代表、AMUSEの設立、筏くだりのスタート時の資料、トンボ公園の事務局での視察の資料。そして日比谷野音の資料(これは2年前)など10冊ものファイルにいろいろな資料が重なり合っていました。 またその頃 蜜にお付き合いしてただいた塗矢先生の夏期大学の実施それに伴う高麗におけるイベントへの参加。。むむむ。何と言う忙しさ。ため息とともによくもまあ頑張っていたなと驚きました。それにアンビシャスという若い子達の会との交流、それに流域ネットワークの会議への参加  倒れるわけです。でも楽しかったですね。何処の会にも顔を出していると言われても会の横の繋がりは 大きなパワーを生み出すことに信念を持っていました。
仕事も頑張っていたのだという自負もあります。そして歯科医師会の支部の代表へと入り私の街への参加は減少していったのですが・・・。



BluesParadise Live at Hide Light 2005年
3月5日(土)18:30pm開場 19:00pm開演
出演
:永井ホトケ隆&some
LOVE BONE
前売り3500円  当日3000円(1drink付)
今年第一陣のLiveです。どうぞ宜しくお願いします。



1月9日(日)
オフロードの世界を読んでいただき何人かの人からメールを頂き、ありがとうございました。
聖医ヒポクラテスが『メランコリア』という言葉で 鬱病を医学上に定着させたのは紀元前4世紀です。メランコリアという言葉はギリシャ語で「黒い胆汁」という意味です。

古代ギリシャの病理学では、この病気は血液や粘液、胆汁、黒胆汁などの体液の間の平衡が失われる結果起こると考えられていました。『恐怖感と憂鬱感に苛まれる病気をメランコリアという』ヒポクラテスはそんな言葉を残しています。人間が誕生してからの病気ですね。
人は誰でも落ち込んだり滅入ったりします。それが行動に現れてくるようになると本当に辛い病気です。


私はその病気の真只中大学の時の友人から手紙を貰いました。その手紙には「今はとても辛いだろうけど その病気をうち消すというのではなく受け入れていくことも大切だと思う」と書いてありました。そんなはずはないと否定ばかりしていましたのでこの手紙は身に沁みました。受け入れそして適切な治療をするということは 大切なことです。そして周囲の人が考えるより苦しい病気です。


「回想 開高健」谷沢永一氏の著作ですがこの本は唐突に終わってしまったような感じがしました。谷沢氏が後述で「親友開高健のことを一気に書き上げたところもう一つのところでこの病気に襲われた」と述べられています。文筆家が書けなくなる・・それは本当に辛いものだと察します。でも谷沢氏はその後も自分を調整しながら多くの著作を世に出しています。
あの司馬遼太郎氏が全集を編む時 司馬遼太郎氏自ら解説は谷沢氏に委ね実際谷沢氏が書いたこと  このような病気を抱えながらも充実した仕事が出来るということです。そんな話を交え2部も書きたいと思っています。




1月7日(金)
昨日は仕事の会の新年会 世間に評判になってしまった会ゆえ心苦しい挨拶が続いた。
その中で50代の副会長が心沁みいる挨拶をした。方向が将来的にすべて暗いわけではない。事実 市民町民のために様々な啓蒙活動をしている。やる気のない行政を突っついて・・。
「口腔内から健康を」を目標に 我々は頑張っている。予防そして社会との関わり方を視線を変え頑張っていることを 患者さんも知って欲しい。小さなカローラや娘から貰ったシルビアを
本当に大切に使い(小回りがいいもの) 訪問診療を行っている。
去年訪問して義歯の調整改造を行った患者さんが 今日亡くなった。水天宮の前だったかな。顔色はとても良かったのだったけど。満足に食べられたかなあ。奥様の話だと具合が良さそうだと報告を受けていたのだが・・。また、近くの90歳になるご婦人から直接電話をいただいた。3ヶ月ごとに訪問し義歯の調整をしている。明るい声に こちらも元気をもらった。


1月6日(木)
オフロードの世界(気の世界)鬱病についてが 第1回目が書き終わった。1昨年大学時代の
友達を この病気で失い自分も襲われた病気であるゆえ正月の休みを利用し書き綴った。
日頃何においても『楽しく、明るく』をモットーにしているが この病気はその正反対の状態に
陥る。暗黒の世界、悔いてばかりいる世界。堪らない世界だ。自殺者が交通事故の死亡者より増えていると聞く。治ることを含め参考にして欲しいと思う。願う。



1月5日(水)
今日から 仕事。スタッフ元気に揃う、何よりです。


1月3日(月)
子供達も帰り いつもの日常が始まった。後2日の休暇だ。今日は 家内と親友のみやちゃんで 中華を食べに出かけた。紹興酒もいろいろあり今日は紹興貴酒で一杯。紹興酒、老酒  何故か身体に良いと思って飲んでしまう。この紹興貴酒は実に上手かった。中華も薄味で美味しかった。寝て起きたらテレビで大化の改新をやっていた。鎌倉以前の話は 難しいだろう。司馬遼太郎もこの世界には触れていない。事実考証が不確かだからだ。以前聖徳大使もこの局は放送したが・・。

今年は 自転車旅行のメンバーと一泊旅行を是非したいと考えている。小中学校の修学旅行より楽しかったからな。この仲間も大切な仲間だ。
わざわざ難しい話をすることもなく馬鹿話ばかりする仲間だが 何とも気持ちのいい時間を過せる。深谷、長瀞、さいたま市、熊谷そして寄居と点在している。





1月2日(日)
大晦日の雪で 野原を駆け巡るのが出来なくなってしまった。今年は暖冬なので関東地方にも
雪が多いだろう。今日家族と車に乗っていて ふと東の空を見ると 何と夏の雲が現れていた。小型の入道雲だった。北の赤城のほうは吹雪かせている雲
。奇妙な感じがした。家内が『地球はおかしくなっているのかな」とつぶやき私も不安な気持ちになってしまった。
31日に東京23区を震源とする地震もあった。(気づいた人はいただろうか)朝には茨木で震度4の地震もあった。ここ寄居でも縦にキックされた揺れが一瞬あった。地震、台風、猛暑 何ともはや。平穏の日々無事を祈る日々。地球は過去のデーターから100万年かかる時間の温度変化が2,3年で最近は起きていると言う、もちろん上昇しているのだ。確実におかしくなっている。



ある人に鬱病の話をしたとき その人から「そうだったのか・・。謎が解けた。人が高圧的に感じるのもそのせいかも・・。」と言われ悲しい思いに駆られた。このように区分けさせられたような言い方をされると・・・。この病気は納得されて全て病気のせいにされてもかなわない。


オフロードの世界に書いている鬱病は これから薬との闘いを書く。そして読んだ人に耐えるように と伝えたい。辛いけど 耐えることを!そして必ず治ることを信じてください。


去年のスケジュー表をみると 予定をこなしている事に一つ一つチェックしている。病気の最悪の時すべてキャンセルしたことが あったから。自分で自分に出来たと入れている。そして出来なかったこともあり 何故出来なかったのかと振り返ると 高圧的な人と会う約束に動けなくなっている。では 何故約束をしたのか?お付き合いの流れでしたのだろうが その時点で
もう後悔をしている。 気ままに・・いくしかないな。



2005年1月1日
謹賀新年本年もよろしくお願いします。

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